三鴻

ユン・チアン著『ワイルド・スワン』読了。「Three Daughters of China」という副題の通り、清朝末期の錦州での祖母の誕生から著者の1978年のイギリス留学まで、祖母・母・自身の三代にわたる一族の苦難の歴史を描いた作品(ノンフィクション)です。

とりわけ、文化大革命(1966-1977年)の描写は壮絶の一言です。それは、無謀な「大躍進政策」の失敗で党の実権を失った毛沢東が、実権派の劉少奇や鄧小平を追い落とし、共産党の統治機構を壊滅させてでも自身の権威を再生しようとする目論見から生まれた狂気の運動でしたが、毛沢東の指導の下に中国全土を覆い尽くした紅衛兵の暴力がもたらしたものは、伝統や文化、教育などありとあらゆる権威の破壊と、他人を貶め粛正しなければ自分が地獄に落とされるという恐怖の蔓延。その中にあって、共産主義の理想を奉じていた著者の両親(いずれも四川省の高級幹部)は堪え難い迫害に見舞われ、数奇な運命にもて遊ばれてきた祖母は苦悩の内に亡くなり、著者自身も紅衛兵を経験したり農村に下放されたりと苦難に満ちた青春時代を過ごすことになります。

最後に、毛沢東の死去と四人組の失権とによって社会が安定を取り戻し始める中、著者が四川大学からイギリスへの留学の道を拓いて機上の人となるところでこの本は終わるのですが、最初のうちはその重いテーマに少しずつしか読み進められなかったこの本も、次第に加速度的に引き込まれるようになっていき、最後の一晩に下巻の後半(190ページほど)を一気に読み通してしまいました。それは、両親のみならずあらゆる人々を襲った大災厄のような文化大革命の冷徹な描写に加えて、迫害の中にあって必死に支え合おうとする著者の家族の姿と長らく信奉してきた毛沢東に対する著者自身の懐疑の目覚めとが迫真の筆致で描かれ、しかもそれらの合間のところどころに美しい自然の描写や控えめでセンスのよいユーモアを散りばめてみせる、著者の圧倒的な筆力(と土屋京子氏の翻訳の見事さ)によるものです。

このところ、本と言えば仕事絡みで軽めのものばかり読んでいたのですが、久しぶりに書物とがっぷり組んだという感じで充実した読書体験ができました。

ところで、文化大革命が始まったとき自分は小学生。そして毛沢東が亡くなったときは高校生ですが、当時何となく「文化大革命」とか「毛沢東語録」といった言葉は耳に入ってきていても、隣国の数億の民がこれほど過酷な運命に見舞われていたとはついぞ思いもしませんでした。中華人民共和国が徹底的な情報統制を行っていたために知る由もなかった、と言えばそれまでですが、その後今日に至るまで、中国現代史(の暗部)にまったく無関心であり続けてきたことには、強く反省させられました。よって、このあたりのことは改めて学習してみたいと思いましたが、実は文化大革命よりも関心を持ってきたテーマの一つに、ポル・ポト派によるカンボジアでの弾圧と虐殺の歴史があります。かつてアンコール・ワットプレア・ヴィヒアを見に行った旅の中でクメール・ルージュやベトナム軍の爪痕が今も歴史的建造物の上に残されているのを見て胸を突かれたのがきっかけですが、文化大革命終焉後の時代にあってカンボジアに殺戮の恐怖を撒き散らし続けたポル・ポト派が理論武装の中核に置いたのも、実は毛沢東思想。そしてベトナム軍の侵攻のためにポル・ポトの勢力がプノンペンを逐われたときには、自分は大学生になっていました。

こうして振り返ってみると、あまりにも能天気に日々を過ごしていた自分の青春時代が、恥ずかしく思えます。