北鎌

槍ヶ岳は山頂である槍の穂先の東西南北に尾根を伸ばしており、そのうち東西南は他の山への縦走路がつけられていますが、北に伸びる北鎌尾根だけは鋸の歯のような鋭い岩峰を連ねながら蛇行して、やがて天上沢と千丈沢の出合へ落ち込んでいます。その峻険な様相は古くから岳人の挑戦意欲をかきたててきましたが、そのために死者も多く出しており、不世出の単独行者といわれ『孤高の人』のモデルになった加藤文太郎や、死に際して書き残した手記が『風雪のビヴァーク』として世に知られている名クライマー松濤明などが冬の北鎌尾根に命を落としています。

この北鎌尾根を、今回登ってきました

夏の北鎌尾根はさすがにそこまで厳しいものではありませんが、それでも登山道はおろか指導標も鎖もつけられていない岩稜で、地形を読みかすかな踏み跡の真贋を見きわめながら自分の持てる能力を総動員してやっと走破できる難ルートです。私はあいにくの悪天候に難渋し、北鎌尾根に取り付く手前の沢のほとりで一泊、稜線上でもう一泊の都合二泊をツェルトをかぶってビバークすることになりましたが、最後の三日目には雨があがって眼前に圧倒的な迫力で聳え立つ槍のピラミッドを見上げることができました。これは、今までの18年間の登山経験の中で最高のシーンであったと思います。

もっとも、北鎌尾根から山頂に「拍手に迎えられて」到着とものの記録に書かれているので私もそれを期待したのですが、私を迎えてくれたのは一般登山者の「こいつ、何者?」という冷たい視線でした。

なお、新田次郎の『孤高の人』はクライマーたちの間では極めて評判が悪いということを付け加えておかなければなりません。というのも、小説の中で主人公の加藤文太郎が吹雪の北鎌尾根に倒れることになったのは、単独行を旨としてきた加藤が乞われてやむなく組んだパートナーの自暴自棄ともいえる行動が原因であると描かれているのですが、事実は逆で、登攀技術が必ずしも十分ではない加藤が北鎌尾根往復を果たすために前年に前穂高岳・北尾根の登攀でロープを結んだ有能なクライマーである吉田登美久(小説の中では宮村)を伴ったものと言われているからです。