彫刻

Bunkamura ル・シネマで、映画『ふたりのアトリエ』(フェルナンド・トルエバ監督)を観てきました。

第二次世界大戦末期のドイツ軍占領下の南仏の田舎で、老彫刻家がスペインから逃れてきた若い女性をモデルにして創作力を甦らせるものの、その作品の完成と共に別れが訪れる、というお話。モノクロの映像が素晴らしく美しく、また劇中に音楽を一切入れずに役者の言葉と自然な音だけを聴かせる音響も落ち着いていて、月並みな表現ですが、珠玉の一篇という感じです。老彫刻家は『髪結いの亭主』(1990年)にも主演したジャン・ロシュフォール、慣れないモデルから徐々に老彫刻家の協力者へと成長する若い女性メルセはアイーダ・フォルチ、その彼女を町の広場で拾って老彫刻家に紹介する妻がなんとクラウディア・カルディナーレ。

冒頭の自然の中の散歩の場面から、観客はあっという間に映画の中の世界へ引き込まれ、老彫刻家とモデルとの俗世を離れたアトリエでの創作活動の中に芸術の成就への期待が高まります。特に美しい場面だと思ったのは、老彫刻家がレンブラントの小さな素描に描かれた家族愛をメルセに説明する場面。一見粗雑な描線の中に注がれている画家の温かい眼差しを老彫刻家が熱心に説明しているうちに、メルセもその素描の中の世界に引き込まれてゆく様子がごく自然に示されて、観ているこちらもその素描のとりこになってしまいます。しかし、そうした中に割り込んでくるスペインのレジスタンス活動家やドイツ軍将校が戦時下にあるという現実へと観客を引き戻します。また、老彫刻家との長年のパートナーらしい大理石職人との会話の中に出てくる「墓碑銘」というキーワードの不吉さ!一方で、町中にある老彫刻家の自宅での妻との会話は穏やかで慈愛に満ちており、老彫刻家の男性機能に関するちょっとユーモラスな場面などもあって、いったいこの映画はどこへ行くのだろうと思わせるのですが、ついに石膏の原型ができ上がったとき(注)に、老彫刻家にはメルセとの別れが訪れます。

……と、ここまでは「あぁ、味わい深い映画だなぁ」と感傷に浸りながら観ていたのですが、最後の最後に、老彫刻家は大理石職人たちに石膏原型を庭に運ばせていったん帰らせ一人きりになると、屋外の光の中で原型に最後の修正を施し、おもむろにアトリエの中から銃を持ち出して戸外の椅子に腰掛け原型と静かに向き合います。そして、画面の向こうで響く銃声、これに驚いて飛び立つ梢の鳥たち。もはや説明的な描写は一切されませんが、陽光に眩く照らされる原型の姿には何の傷もないのですから、老彫刻家が撃ったものが何なのかはもう明らかでしょう。

エンドロールが終わって場内が薄明るくなったとき、一緒に映画を観ていた相方と顔を見合わせて「あー、もうこれだからフランス映画は!」。
しかし、確かに舞台は南仏で大半の会話もフランス語でなされていましたが、実はこの映画はスペイン映画でした。あー、もうこれだからヨーロッパ映画は!

(注)20世紀初め頃の大理石彫刻は、まず粘土で形を作り、それを石膏に移した原型を基にして、星取り機を使って大理石を彫っていくという手法がとられていたそうです。