彼方

夕方、仕事をさっさと切り上げて新宿へ。映画『クライマー パタゴニアの彼方へ』を観るためです。




フリークライミング(とりわけコンペ)の世界で名を馳せたダーフィット・ラマ(映画の中ではデヴィッド・ラマ)が、なぜかパタゴニアの岩塔セロ・トーレへ挑戦を重ねていたことは、定期購読している雑誌『ロック&スノー』の記事で知っていましたが、その最初の挑戦(2009-2010年)での失敗の際に撮影チームがセロ・トーレに60本のボルトを新たに打ったことが問題視され、以後ラマが悪役のように扱われていたことを残念にも思っていました。当時ラマはまだ19歳で、スポンサーはレッド・ブル。本人は純粋にフリークライミングの能力を特徴的な岩塔で試したかっただけだったのかもしれませんが、その失敗のダメージは大きなものだったことでしょう。

その後、ヨーロッパアルプスでアルパインクライミングの腕を磨いたラマは、二度の遠征でついにセロ・トーレ南東稜=コンプレッサールートのフリー化に成功し、競技者からアルパインクライマーへの転身を成し遂げたのですが、映画は冒頭に1970年の”初登者”チェザーレ・マエストリによるボルトべた打ちの顛末を紹介した後に、ラマの三次にわたった挑戦の模様を丹念に追いかけていきます。意気揚々と乗り込んだラマと撮影隊を追い返したパタゴニアの強烈な風の猛威、二度目の遠征でフリー登攀を諦めさせた(=人工手段を駆使して登頂)氷雪をまとうセロ・トーレの厳しさ、そうしたものの中でクライマーとしても人格的にも成長してゆくラマ。そしてラマは、三度目の挑戦でようやく好天に恵まれ、ボルトトラバースでの大フォール、岩塔の肩でのワンビバーク、ヘッドウォールの脆い岩での痺れるようなランナウトを経て、目的を達します。

ヘリコプターからの空撮と別ルートから登った撮影隊及びラマたち自身による映像を駆使して、セロ・トーレの偉容とその中で困難なクライミングに挑み続けるラマたちの姿を描ききったこの映画は、久々に手に汗握って鑑賞しました。ぜひ映画館の大スクリーンで観てほしい映画です。

ところで、ラマがフリー区間で履いていたクライミングシューズは、私もジムで使っているスポルティバのカタナ・レースだったような気がします。ということは私も……(以下略)。