死圏

デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』(河野啓 著)を読了。

私は栗城氏のフォロワーでもアンチでもありませんでしたが、2018年のエベレスト街道トレッキングの帰路、ペリチェのホテルで彼との間にかすかな接点があったことから、この本を手にとってみました。著者は北海道放送のディレクターとして2008年から2009年にかけて栗城氏を取材しており、彼の死後にあらためて周辺の人々に取材を重ねた成果がこの本です(第18回開高健ノンフィクション賞受賞)。

私の主たる関心事は、栗城氏が七回ものエベレスト失敗の末になぜ南西壁というおよそ成算のない最難関ルートに取り付いてしまったのかという点にありましたが、本書を読んでもその理由を明確に知ることはできませんでした。ただし、ルート選定は栗城氏自身が行なっていること(公表はBC出発直前)、このことを栗城氏の国内トレーニングをサポートしていた花谷ガイドが知って「論外だ!」と仰天し制止するためのメッセージを送ったのは栗城氏の事故の当日(2018年5月21日)であったこと、その花谷ガイドからはあらかじめ「素直にノーマルルートを行け、そしてこれでエベレストは最後にしろ」と助言されていたことを知りました。

この動画の4分20秒から、栗城氏がスタッフに対し南西壁を登ることを説明している場面が出てきますが、ここはまさに上記のペリチェのホテル The Edelweiss-Pheriche です。しかし、どうしてここで誰も止めようとしないのか?南西壁を登るということが何を意味するのか理解できるスタッフはいなかったのか?

「冒険の共有」という言葉と共に演出された自分を描き出す映像やストーリーへの栗城氏のこだわりは本書の随所で紹介されており、2012年の四度目の西稜ルート挑戦で両手指九本を失った凍傷も「?」付きながら「演出の誤算」と断じられていますが、この失敗の頃からSNSやブログコメントも当初の賞賛一色から徐々にバッシングが強くなり、同時にスポンサーがつきにくくなっていたこと、つまりは彼のビジネスモデルにおける唯一無二のコンテンツである自分の商品価値の低下という事態に直面していたことも容赦なく記されています。このあたりは読んでいて痛々しいところです。

それでも栗城氏がエベレストに、それも彼が言うところの「単独無酸素」での登頂にこだわり続けた理由を彼の大学での恩師は「山で売り出したからには山で決着をつけないと、次には行けない」という言葉で推測していましたが、この「単独無酸素」はもとを正すと「単独無酸素での七大陸最高峰登頂」。登山をする人間なら瞬時に理解できますが、エベレスト以外の「最高峰」に酸素ボンベは必要ありません。つまりこれはもとを正せば「ダイヤモンドヘッド単独無酸素登頂」と言うのと同じ、ネタだったのではないか。アイデンティティの根っこをエンタメに持つ彼がこの言葉を発したとき、彼は8,000mの上の世界がどれだけ隔絶したものなのかを知らなかったのでしょう。

そうは言っても、チョ・オユーやダウラギリ、ブロード・ピークに登れているのは事実のようですし、最後のエベレスト行きの前には花谷ガイドについて四年間トレーニングを重ねてバリエーションルートを一日三本こなせるようになっていたということですから、彼なりに山に対して誠実な部分はやはりあったのだと思います。それだけに最後の無謀なルート選定が残念に思えてくるのですが、しかし本書の残酷なクライマックスとなるのは、体調不良のままBCに入った最後の登攀のときに栗城氏が酸素を吸っていたこと、そして彼が酸素を吸ったのは実はそれが初めてではなかったことを明らかにした点だろうと思います。

これはダメだ。

というより、そんなことをするくらいなら堂々と酸素を吸いながらノーマルルートから登頂して、そこからの景色を共有して、そして生きて帰ってくればよかったのに。それができなかった理由にもう少し切り込んでくれればもっと良かったのですが、同時代のノンフィクションを扱う本(たとえば先日読んだ『エンジェル・フライト』もそう)の宿命として、取材できなかったことや取材できても公表できないことがあり、著者も本書の中に書ききれていない事柄は多々あったことと思います。そういう制約付きではあっても、一気呵成に読ませてくれる本でした。