沢田

戦場カメラマン沢田教一(以下敬称略)の没後50年を記念して東京都写真美術館でリバイバル上映されている映画『SAWADA 青森からベトナムへ ピュリッツァー賞カメラマン沢田教一の生と死』(1996年)を観てきました。

澤田教一は1936年青森市生まれ。大学受験に失敗して青森県に戻り三沢基地内で写真店に勤務したことから縁が生まれ、1961年にUPI東京支局に入社。1965年に自費でベトナムを取材して写真家としての力量を示したことでUPIサイゴン支局への赴任が認められ、同年撮影した写真「安全への逃避」によって一気に名声を高める。その後もベトナムで撮影を続け、一年間の香港勤務をはさんで再びサイゴンに赴任したものの、1970年にカンボジアで取材中プノンペン郊外で銃撃に遭い死去……というプロフィールです。

同じ五十嵐匠監督が一ノ瀬泰造を描いた『地雷を踏んだらサヨウナラ』(1999年)が浅野忠信主演のドラマ仕立てだったのに対し、こちらは故郷青森の家族(奥様・弟さん)や、UPIでの数多くの元同僚たち(その多くが現役のジャーナリストであるために取材は困難を極めたそう)、さらにはピューリッツァー賞受賞作「安全への逃避」に写された家族のうち存命の三人にまでインタビューを重ねて、沢田教一のプノンペン郊外での死への道程を丹念に辿ります。

一種強引なやり方でベトナム行きを勝ち取りその年のうちに傑作をものしたことで生じたUPI東京支局の社員たちとの軋轢や、香港支局勤務時代の穏やかながら職業人としては不遇な一年、そして誰もが認めるプロフェッショナルとしての力量を自身も強く意識していたことが、沢田教一を常により危険な場所へと駆り立てたらしいことがインタビューの積み重ねの中から浮かび上がってきますが、映画は決めつけめいたことは一切行わず、観る者に判断を委ねます。

『地雷を踏んだら……』は時代背景の説明をほとんどしていなかったために予備知識がなければ理解が難しい作りになっていましたが、『SAWADA』ではナレーションを用いることで沢田教一の生涯とベトナム戦争へなだれこむ歴史の動きのそれぞれの説明がバランスのとれた両輪になってドキュメンタリーを前進させていきます。さらに特筆すべき点は、沢田教一の写真の数々がトリミングなしに画面に現れ、しかもそのほとんどはBGMなしの無音で観客の意識を写真に集中させる演出が施されされていること。これは見事な工夫だと思いました。

なお、映像はほぼすべてこの映画の取材時に撮影されたリアルなものと沢田教一の写真とで構成されていましたが、沢田教一が射殺される場面には、逃げる沢田が背後から撃たれて水田に倒れるイメージ映像が用いられていました。さらに最終盤、沢田教一はいつか戦闘服を脱いで町から町へと自由に渡り歩きながら人々の暮らしを撮影したいと願っていたということが紹介され、そこにもその場を歩み去ってゆく男の足元の映像が挿入されていましたが、ドキュメンタリー映画であってもこれくらいの控えめな演出は許容されてよさそうです。

会場で販売されているパンフレット(700円)には沢田教一の写真の数々も掲載されており、プチ写真集の趣きがあってこれまた価値あり。この映画は、とりわけインドシナ現代史と戦場ジャーナリズム(日本人なら沢田教一・一ノ瀬泰造……近いところでは山本美香さん)に関心がある方に、強くお勧めします。