牡蠣

英語の言い回しには「なぜそういう意味になる?」というものが少なくありませんが、最近知ったこちらのイディオムもそのひとつ。

The world is one’s oyster.

「世界は◯◯の牡蠣である」ではなくて「世界は◯◯の思いのままだ」という意味。シェークスピアの喜劇『ウィンザーの陽気な女房たち』にも出てくる表現だそうですが、私がこの言い回しを知ったのはこちらの曲を通じてでした。

Murray Head – One Night In Bangkok "From CHESS" (Official Video)

1984年にかなり流行したMurray Headの「One Night in Bangkok」。Murray Head自身はラップで歌っていますが、この曲を特徴づけるのはバンコクの猥雑な空気感を歌うコーラスの部分で、その最初に出てくる歌詞はOne night in Bangkok and the world’s your oyster.です。

どうしてここに辿り着いたかと言うと、先日観た「ジーザス・クライスト=スーパースター in コンサート」の作詞家であるTim Riceの経歴をWikipediaで調べたところ彼の作品の中にミュージカル「Chess」があり、この懐かしい「One Night in Bangkok」も「Chess」を舞台に乗せるための資金調達用にリリースされたコンセプトアルバムの中の一曲だったのです。

ちなみに舞台化の前にアルバムを先に出すやり方は「Jesus Christ Superstar」でも採用された手法で、そのオリジナルアルバムでユダを歌っていたのもMurray Headです。しかし「JCS」(1970年)はジーザス役にDeep PurpleのIan Gillanを起用しているようにロックに傾斜していますが、この「One Night in Bangkok」は1980年台のダンサブルなポップテイストを取り込んでいます。それもそのはず、作曲したのはABBAの男性2人、すなわちBenny AnderssonとBjör Ulvaeusであるということを今回初めて知ったのでした。

「Chess」は日本でもこれまでに上演機会があり、2020年の版では上記「JCS in コンサート」でユダを演じたRamin Karimlooも出演していたのですが、残念ながら私は未見。どうやら米ソ冷戦を時代背景としてチェスの世界チャンピオンシップの顛末が描かれ、そこに陰謀やら愛憎やらが絡むお話のようですが、Murray Headの役柄はBobby Fischerをモデルとするシニカルで奇行が目立つアメリカチャンピオンで、彼は第1幕でソ連チャンピオンとの対決を途中放棄した後、第2幕の舞台となるバンコクにプレスのコメンテーターとして来ている、という設定です。

若かりし頃にチェスに親しんでいた(今でもオンラインチェスは嗜み程度に続けている)私としては、このミュージカル「Chess」も上演の機会があれば観てみたいのですが、そうなると気になるのが劇中の指し手。というのも、上で引用したMTVの中でMurray Headが指しているチェスの内容が「これはどうなのか?」というものだからです。

摩訶不思議な雰囲気の部屋で謎の美女を相手に対戦開始。指し手はBishop’s Openingで次のように進みます。

 1.e4/e5 2.Bc4/d6 3.Qf3

チェスのルールを知っている人であれば、これがどういう状況かすぐにわかるはずですが、ここで謎の美女は予想外の指し手を繰り出してきました。

ご覧の通り黒のクイーンサイドのナイトを前に進めて(おそらくNc6)にっこり微笑みかけています。しかし、そんなことをしたら……。

 1.e4/e5 2.Bc4/d6 3.Qf3/Nc6 4.Qf7#

たった4手でチェックメイト……いわゆる「Scholar’s Mate」と呼ばれるハマリ手ですが、これじゃダメでしょう!もっとも、謎の美女の指し手はその意味深な微笑みと共に実はMurray Headを誘っているのかも知れませんが。