神戸

大阪市立美術館へ「フェルメール展」を見に行った週末。土曜日は神戸に泊まり、土曜日の夜と日曜日の日中を灘・神戸散策にあてることにしました。

2019/03/30

元町の南京街の近くにあるホテルにチェックインしてから、阪神電車で石屋川へ向かいました。お目当ては「神戸酒心館」です。

神戸酒心館

石屋川駅を降りて南の方へ。山田錦と宮水による酒造りが盛んなこのあたりには菊正宗や白鶴など灘の酒蔵がたくさん存在しますが、この日訪問する神戸酒心館は「福寿」の蔵元です。

杉玉(酒林)の下をくぐって敷地の中に入ると、正面には福寿蔵、右手にショップやホール、左手に料亭「さかばやし」。庭には大桶があってそこに外国人の客が寛いでおり、近年の欧米での日本酒ブームを実感しました。

菰樽の出迎えを受けてショップ(東明蔵)へ。実は酒蔵見学のコースもあるのですが、午前11時からしかなく、この日は残念ながらお買い物と食事だけということにしています。

「福寿 純米吟醸」はノーベル賞の公式行事である「ノーベル・ナイトキャップ」に供される日本酒ということで名が通っており、これと燗酒用との二本を実家への土産用に買い求めました。実家用というのは、自宅ではお酒を飲む習慣が私にないからですが、そうは言っても実家で飲めば一番酒量が進むのはもちろん私です。

買い物が終わったら「さかばやし」へGO。この日は雨模様でしたが、かえって濡れた石畳が風情あり。

利き酒セットは「純米」と「生酒」の二種類があり、それぞれに味わいの違いが楽しめましたが、いずれもベースに上品な香り高さと旨味があって飲み飽きません。これはあぶないなあ。


飲み過ぎないようにセーブすることに苦労しながら、酒粕の鍋をメインとする料理(コースは複数あり)をいただいて、満ち足りた気持ちで宿に戻りました。

2019/03/31

日曜日は三ノ宮から北野方面を歩くことにしました。社会人の二年生のときに九カ月間だけ兵庫県に赴任していたことがあり、三ノ宮から元町にかけての一帯は、同じタイミングで大阪・神戸に赴任した職場の同期や、一足先に当地に赴任していた高校の同級生と観光したり飲み歩いたりした思い出深い土地です。

生田神社

まずは三ノ宮のすぐ北にある生田神社。生田の森は源平の古戦場として有名ですが、たぶんここに来たのは初めてだと思います。神功皇后にゆかりのある神社ということですから、その歴史は相当に古いものです。

思ったよりこじんまりとした境内。「神戸」という地名は、大同元年(806年)に朝廷から賜った社領=神戸(かんべ)に由来するのだとか。

楼門の左手に、謡曲で有名な「箙の梅」がありました。梶原源太景季が箙に梅の一枝を挿して合戦に臨んだ故事にちなむものですが、さすがにすでに梅の花は散り、小さな実が膨らみ始めていました。

楼門の向こうに、立派な拝殿あり。こじんまりとしていますが、落ち着いた雰囲気が好ましい境内です。

ちょうど拝殿で結婚式が行われており、雅楽の響きに乗って巫女さんたちが舞い、新郎新婦を言祝いでいました。これを横目に見ながら拝殿の奥にある本殿の裏手に回ると、そこにあるのが、これも驚くほど小さい生田の森です。御神木は楠木でした。

戸隠神社や蛭子神社、稲荷神社といった末社の数々にさっとお参りしてから、社務所で御朱印をいただいて生田神社を辞しました。

続いて北野坂をてくてくと上がり、異人館街へ入りました。全部数えれば相当な数が残っていますが、今回は「風見鶏の家」と「うろこの家」の二つだけを見物することにしました。これらは若かりし頃にも訪れていますが、外観だけは記憶にあっても中の様子はまったく覚えていません。

風見鶏の家

懐かしの(?)「風見鶏の家」。NHKの朝の連続ドラマに「風見鶏」というのがありました(1977-78年)が、どうやら直接の関係はない模様。しかしこの番組が異人館ブームの火付け役にはなったようです。

上品な佇まいの調度品が素敵。食堂はドイツの城館風で、家の主人が恵まれた立場にあったことが窺えます。

建築されたのは明治42年(1909年)頃、ドイツ人貿易商ゴットフリート・トーマス氏の自邸として建てられたものだそうですが、トーマス一家がたまたまドイツに一時帰国しているときに第一次世界大戦が勃発して日独は敵味方となり、トーマス氏は日本に戻ることができなくなりこの家は接収されてしまったそうです。気の毒に……。しかし、かつてこの家で幼児〜少女期を過ごした令嬢エルザさんは上記のNHKの番組がきっかけとなり、懐かしいこの家を訪ねることができたとのこと。

北野天満神社

すぐ隣にある北野天満神社は桜の名所だと聞いていたので、立ち寄ってみました。

急な階段を登ったところから風見鶏の家の全景が間近に見えていますが、さらに一段高いところにある本殿の周囲の桜はまだ三分咲きといったところ。社伝によれば、平清盛による福原遷都(1180年)に際して新都の鬼門鎮護のために京都の北野天満宮を勧請したのがこの神社の由来だそうです。

本殿の手前にある拝殿には、神前結婚式の用意がなされていました。この日は結婚式ラッシュのようですが、皆さんどうぞお幸せに。

うろこの家

さらに山側に坂道を登っていったところにあるのが、この独特の外観を持つ「うろこの家」です。

もともと明治38年(1905年)に港近くの居留地に外国人向けの高級借家として建てられた建物を大正年間にこの六甲山麓に移築したものだそうですが、「風見鶏の家」の住居らしさに比べるとこちらはまるでホテルのスイートのような豪奢感があり、贅を尽くした調度品やマイセンなどの食器類がこれでもかというくらいに詰め込まれていました。

書斎も実に見事。こんな部屋で読書や書き物をしたら気分いいことでしょう。本棚にはシェークスピアやディケンズの全集が並んでいましたが、この家の近年の住人はドイツ人だったはず?

建物は右半分が「うろこの家」、左半分が「うろこ美術館」となっていて、後者は生活感がまったくない三階建の美術館になっていました。あれやこれやの絵が並ぶ中で、この「階段」という名前の作品にはびっくり。他の数々の絵とはまったく異質なタッチですが、それもそのはず、私が愛してやまないアンドリュー・ワイエスの作品でした。

「うろこ美術館」の最上階からは神戸の街並みとその先の海を眺めることができました。この建物は、この地に移設されてから100年近く、神戸の変化を(震災も含め)眺め続けてきたに違いありません。

最後に、生田川沿いのちょっと寒々しい桜を眺めながら三ノ宮へと下りました。上に記したようにこの地は数カ月を暮らした場所ですが、その後不思議と訪問する機会に恵まれず、こうしてのんびりと歩いたのは本当に久しぶりです。少しばかり感傷的な気分に浸りながら、東京に戻りました。