草枕

智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

夏目漱石『草枕』

住みにくいのはSNSの世界でも同じことで、最近Facebookのとあるグループで考えさせられる出来事がありました。

アルパインクライマーが多く集い登攀記録を報告し合うこのグループに、数日前に山梨県在住の方から投稿がありました。その要旨は、山梨県でもコロナの拡大が見られること、その原因は首都圏との人の行き来にあること、県外から来たクライマーやボルダラーの振舞いの危うさを県民が不安視していること、そしてこの状況下での首都圏からの山梨来県を控えてほしいという要請でした。

毎日でも登りたいと思っている連中の輪の中に「来て(登って)くれるな」と呼び掛けるのは相当な勇気がいる行為だと思います。また「自分さえ良ければいいのですか?」的なアピールは少々性急に過ぎる表現だったかも知れません。それでも感じ入るところがあり、私もこの投稿には注目していました。

この投稿に対しグループのメンバーからウィズコロナの下でいつまでも自粛を続けるのか?という問い掛けがなされましたが、県内の観光事業者などに対しては補助金が出ていることや、それ以上に目下の山梨県の深刻な状況を説明する投稿者からのリプライがあって、問い掛けをした方も納得したようでした。ただ、このグループでの普段の投稿と比較するとリアクションの数が少ないなと思っていたところへ「ここで個人の意見を述べられても。めんどくさい。」という一刀両断のコメントがつき、その後一日たってみたら元の投稿にはアクセスできなくなって(削除されて?)いました。

「めんどくさい」はさすがにひどいと思いますが、それでもリアクションをするのは「自分はこの投稿を読んでいる」という意思表示ですからまだしもです。むしろ、グループの多くの人が元の投稿を黙殺したことの方が私には残念でした。このところ雨が続いているので山に登れていないでしょうから、皆さんそれなりの頻度でFBを見ていただろうと思うのですけど。

これがこのグループの基本ルールですが、賛成側からも反対側からも意見すら出ずにいつの間にか終わってしまった感じ。四六時中FBをウォッチし続けているわけではないので、本当は私が気づかないうちに激論が交わされて収集がつかなくなり削除に至った可能性もなくはないですが、むしろそちらの方が健全です。でもまぁ、そんなことはないでしょう。

本件投稿者の意見は突出した一人の個人的意見で、大多数の山梨県民は観光収入獲得の観点から首都圏からのクライマーの来県を希望している、ということならまた話は違ってきますが、だいたいクライマーが落とすお金なんてたかが知れているし、FB上の友人(本件投稿者ではない人)からはこんな話も聞きました。

昨日も、山のグループで『行きたいけど自粛してる、でもみんなの山行報告を見ると登りたくて仕方ない』と言う投稿に、自粛に賛同する投稿と同じくらい長野県民などから『お願いだから来ないで!!』『地方で蔓延する病だったら首都圏から来ますか?』という悲痛な投稿も多くありました。

この問題に関しては山梨と長野でそれほど違いがあるとは思えないので、山梨県にもお願いだから来ないで!!と思っている人が少なからずいるだろうと考えてもそれほど間違ってはいないでしょう。「個人の意見」かも知れないが「一人だけの意見」ではないはずだということです。いや、むしろ「まん防」が適用されることになった山梨の方が深刻で、8月18日付の「山梨県新型コロナウイルス感染拡大防止への協力要請及びまん延防止等重点措置」の中では観光客に対しても明確に本県へ来訪しないよう要請しています(対象期間は8月20日から9月12日まで)。

しかし、法的には一連の行動制限はあくまで「要請」に過ぎないので、首都圏の者が県境を越えて山梨県へ山登りに行くことは違法ではありません。ならば、結局のところ首都圏側の登山者(加害者側)の行動を律するのは本人の良心の問題に帰着することになります。良心に即して行動するのはときとして自分にとっても窮屈なことですが、その窮屈さを緩和するために理屈というものがあるわけで、自分で「山に行ってかまわない」理由をロジカルに突き詰め、その理由が見つからなかったなら自由意志に基づいて「行かない」(他人の目があるから「行けない」のではなく)のだと考えれば、気分が楽になります。

この意味で、ガイドと呼ばれる人々や山岳会のように、一般登山者に対してオピニオンリーダー的なポジションに立つ人たちがこの問題をどう考えているか、というのは前々からの関心事でした。

たとえば東京都のこの山岳会では、緊急事態宣言が発令(7月11日)されたことを受けて山行を中止しています。これはひとつの見識。

一方、神奈川県のこちらの山岳会は宣言発令(8月2日)後にも北岳バットレス山行を実施し、その記録を会のホームページに掲載しています。つまり会公認山行だということです。ここまで公明正大に山行記録を載せられると、一種爽快ですらあります。

誤解のないように書きますが、自分としては前者が是で後者が非であると言うつもりはないし、もちろんその権利もありません(無知からとは言え自分も東京都の「まん防」期間中に他県への山行を行なっていますから)。ただ、後者が団体として「緊急事態宣言に基づく県外移動自粛要請には従わない」という結論を下せたそのロジックは知りたいものです。自分も山に行きたい気持ちは山々なので。

しかしながら今の自分は、住まいが渋谷の繁華街に至近である上に目下週一程度の頻度で通勤もしているので、新型コロナウイルスの感染を防ぎ得ていると確信することができない、つまり「山に行ってかまわない」と結論づけることができていません。したがって、少なくとも先日接種したワクチンが効力を発揮するまでは(ワクチンが自他に対する100%の安全を保証するものではないということは理解した上で)都県境をまたぐ山行はしないと決めています。