衝突

南の海からきた丹沢』(神奈川県立博物館 編)と『日本海の拡大と伊豆弧の衝突』(藤岡換太郎・平田大二 編著)を読了。

丹沢というのは登山の対象としても、山岳宗教(修験)の歴史探究の対象としても面白いのですが、地質面から掘り下げてみても相当に興味深い山域です。それと言うのも、まず丹沢が属する南部フォッサマグナが二つの大陸プレート(ユーラシアと北アメリカ)の下に二つの海洋プレート(太平洋とフィリピン海)が潜り込んでいる特異な位置にある上に、丹沢自身がフィリピン海プレートの動きに合わせて南の海からやってきた伊豆・小笠原弧の地塊が大陸プレートに付加して隆起したもので、しかも堆積層の中心に貫入したマグマが凝固した石英閃緑岩が地表に出ている上に、南から追いかけてきた伊豆地塊によって地層が縦になったりひっくり返ったりするほどの圧力を受けているという、世界的に見ても特異な条件をいくつも兼ね備えているからです。

実はこれらのことはここに掲げた二冊の表紙の絵を見ればおおよそ説明が尽きてしまうのですが、それではこのブログ記事が終わってしまうので、もう少しそれぞれの内容を掘り下げて紹介します。

まず『南の海からきた丹沢』(1991年)。目次は次の通りで、各章ごとにそれぞれの分野の専門家が解説を行なっています。

  1. 伊豆半島の衝突
  2. 丹沢の衝突
  3. 丹沢山地の地質と生い立ち
  4. 貝化石からみた丹沢の歴史
  5. 有孔虫化石からみた丹沢と周辺地域の生い立ち
  6. 伊豆の衝突に伴う小田原地震
  7. 箱根芦ノ湖の逆さ杉と小田原地震
  8. 「しんかい2000」で見た相模湾

冒頭に記述した地質的な特徴とその歴史を概説するだけでなく、その歴史を知るために化石や地震の痕跡・記録、さらには海底探査がどのように活用できるかといったことをわかりやすく説明してくれる章が連なり、実に多様なジャンルの知見が総合されて丹沢の歴史が見通されるようになってきていることが理解されます。

次に『日本海の拡大と伊豆弧の衝突』(2014年)の章立ては次の通り。

  1. 大陸の縁に形成された日本列島の土台(ジュラ紀〜新第三紀中新世)
  2. 日本海、フォッサマグナの形成と伊豆・小笠原弧の衝突(新第三紀中新世〜鮮新世)
  3. 南部フォッサマグナの付加体(新第三紀中新世)
  4. 現在も続く伊豆・小笠原弧の衝突(新第三紀中新世〜第四紀)
  5. フォッサマグナとプレート境界(現在)

このように大陸の縁に生まれた日本列島が日本海の拡大と共に現在の位置に動き、南西日本と東北日本に分かれてその中間にフォッサマグナが生まれるところまで遡って、上掲書より広い視野で地質史をカバーしていますが、序章に「神奈川を取り巻く陸と海」、終章に「神奈川の大地の生い立ち」を置いているように、本書もまた着地点は神奈川、なかんずく丹沢の生成史です。

この二冊の本の発行年は20年以上の差があり、当然後者の方がこの間における知見の蓄積を踏まえてアップデートされた記述になっていますので、ここでは主に『日本海の拡大と伊豆弧の衝突』の記述に沿って丹沢の歴史を示します。

日本列島ができる前(1億〜3000万年前頃)
太平洋の海底堆積物がプレートの沈み込みに伴い大陸外縁に帯状に付加してゆく(秩父帯、四万十帯など)。
海底火山列の形成(約5000万年〜1500万年前)
5000万年前頃に太平洋プレートの向きが北向きから西向きに変わったことで伊豆・小笠原弧が海底火山列として形成される。2000万年前頃から日本海が拡大を始め、1500万年前頃に日本列島が現在の位置まで移動する。この頃、海底火山の活動によって後に丹沢山地を作る地層が亜熱帯の水深2000〜3000メートルで形成される(丹沢層)。
伊豆・小笠原弧の誕生(約1500〜800万年前)
海底の堆積物が地層を厚く作ると共に、1500万年前頃から500万年前頃までの間に地下で安山岩マグマが貫入し、その後数百万年をかけて冷えてゆく。
伊豆・小笠原弧の衝突と山地の形成(約800万年〜200万年前)
800万〜600万年前頃、北上してきた丹沢地塊と本州との間はフィリピン海プレートが沈み込むトラフになり、ここに隆起した丹沢や本州から土砂や礫が流れ込んで堆積する。500万年前になると丹沢地塊はプレートと共に沈み込めず本州側に付加し、プレートの沈み込み口は丹沢の南に移動し、約250万年前には近づいてきた伊豆地塊に押されて高度を上げ現在の山地を形成する。
陸上の火山活動と台地・丘陵の形成(200万年前〜現在)
80万年前から伊豆北部、70万年前から富士、40万年前から箱根が噴火して火山灰台地を作り、さらに100万年前頃から始まった氷期と間氷期の繰り返しによる海水面の上下変動も加わって、現在の地形が形成される。

この分野の知見は時がたつに連れて新しい観測データによって書き換えられていくものであり、たとえば日本列島を構成する大陸プレートについても、ユーラシアプレートではなくアムールプレート(満州・朝鮮半島・沿海州・西南日本)、北アメリカプレートではなくオホーツクプレート(オホーツク海・カムチャッカ・東北日本)の存在を想定する説も生まれている状況のようです。したがって上記の説明は、それぞれの本がまとめられた時点の知見の記録ということにとどまるのですが、それにしても面白い。山歩きや沢登りでさんざん親しんでいる丹沢の地下にこれほど壮大な変遷があったとは知りませんでした。

そして、東京から中央本線や中央道に乗って信州に向かうときの車窓の山々の眺めも、これからは違った見方をすることになりそう。上述の通り丹沢は南の海からきたものですし、御坂山地や巨摩山地(櫛形山)も海洋性。一方、甲斐駒や甲府盆地北方の花崗岩の山々はフィリピン海プレートが大陸プレートの下で産んだマグマが上昇してできたものですし、富士山も八ヶ岳も伊豆・小笠原弧の延長線上にある陸の火山という位置づけ。おまけに南北に連なる南アルプスでは九州から東進してきた中央構造線とその南の四万十帯がフィリピン海プレートの動きに押し曲げられて北北東に向いてしまっている位置にある、といった具合です。

振り返ってみれば、小松左京の『日本沈没』(1973年)をリアルタイムで読んでプレートテクトニクスという概念に触れたときから……いや、小学生の頃に読んだ科学まんがでヴェーゲナーの大陸移動説(アフリカと南アメリカの海岸線の形がきれいにくっつく!)を知ったときかな?とにかく半世紀くらい前からこうした地質ネタは私の大好物だったのですが、まさに灯台もと暗しでした。

そして、このように本を読むことによって自分の脳内に知識の地層が積み重なってゆく感覚は、とても楽しいものです。