褒殺

職場での仕事の合間の会話の中に、ふとした拍子に「ほめ殺し」の話題が出ました。ほめ殺しと言えば、かつて竹下登氏に対する右翼団体の執拗な街宣活動が契機となって人口に膾炙するようになった言葉だと記憶していますが、今回脈絡なく思い出したのは、シェークスピアの戯曲『ジュリアス・シーザー』の中のアントニーの演説です。早速検索して、英文科出身の同僚ユキに以下の課題を提供しました。

【問題】以下の演説を、英訳しなさい。(出典:ウィリアム・シェークスピア『ジュリアス・シーザー』福田恆存訳)

友よ、ローマ市民よ、同胞諸君、耳を貸していただきたい。今、私がここにいるのは、シーザーを葬るためであって、讃えるためではない。人の悪事をなすや、その死後まで残り、善事はしばしば骨とともに土中に埋れる、シーザーもまたそうあらしめよう……

高潔の士ブルータスは諸君の前に言った、シーザーは野心を懐いていたと。そうだとすれば、それこそ悲しむべき欠点だったと言うほかはない。そしてまた、悲しむべきことに、シーザーはその酬いを受けたのだ……ここに私は、ブルータスおよびその他の人々の承認を得て、それも、ブルータスが公明正大の士であり、その他の人々とて同様、すべて公明正大の人物なればこそ、今こうしてシーザー追悼の言葉を述べさせてもらえるわけだが……シーザーはわが友であり、私にはつねに誠実、かつ公正であった。

が、ブルータスは言う、シーザーは野心を懐いていたと。そして、ブルータスは公明正大の士である……

生前、シーザーは多くの捕虜をローマに連れ帰ったことがある、しかもその身代金はことごとく国庫に収めた。かかるシーザーの態度に野心らしきものが少しでも窺われようか?貧しきものが飢えに泣くのを見て、シーザーもまた涙した。野心はもっと冷酷なもので出来ているはずだ。

が、ブルータスは言う、シーザーは野心を懐いていたと。そして、ブルータスは公明正大の士である。

みなも見て知っていよう、過ぐるルペルカリア祭の日のことだ、私は三たびシーザーに王冠を捧げた、が、それをシーザーは三たび卻(しりぞ)けた。果して、これが野心か?

が、ブルータスは言う、シーザーは野心を懐いていたと。そして、もとより、ブルータスは公明正大の士である。

私はなにもブルータスの言葉を否定せんがために言うのではない、ただおのれの知れるところを述べんがために、今ここにいるのだ。みなもかつてはシーザーを愛していた、もちろん、それだけの理由があってのことだ。とすれば、現在いかなる理由によって、シーザーを悼む心を抑えようとするのか?ああ、今や分別も野獣のもとに走り、人々は理性を失ってしまったのか!……みな、許してくれ、私の心はあの棺(ひつぎ)のなか、シーザーと共にあるのだ、それが戻ってくるまでは先が続けられぬ。(泣く)

「ブルータスは公明正大の士である」の繰り返しが、逆説的にブルータスを追い詰めてゆく様子がよくわかります。これこそ、ほめ殺しの最たるもの。

Mark Antony's Speech

マーロン・ブランド版(1953年)。若い!

【正解】(出典:「Julius Caeser: Entire Play」)

Friends, Romans, countrymen, lend me your ears;
I come to bury Caesar, not to praise him.
The evil that men do lives after them;
The good is oft interred with their bones;
So let it be with Caesar. The noble Brutus
Hath told you Caesar was ambitious:
If it were so, it was a grievous fault,
And grievously hath Caesar answer’d it.
Here, under leave of Brutus and the rest–
For Brutus is an honourable man;
So are they all, all honourable men–
Come I to speak in Caesar’s funeral.
He was my friend, faithful and just to me:
But Brutus says he was ambitious;
And Brutus is an honourable man.
He hath brought many captives home to Rome
Whose ransoms did the general coffers fill:
Did this in Caesar seem ambitious?
When that the poor have cried, Caesar hath wept:
Ambition should be made of sterner stuff:
Yet Brutus says he was ambitious;
And Brutus is an honourable man.
You all did see that on the Lupercal
I thrice presented him a kingly crown,
Which he did thrice refuse: was this ambition?
Yet Brutus says he was ambitious;
And, sure, he is an honourable man.
I speak not to disprove what Brutus spoke,
But here I am to speak what I do know.
You all did love him once, not without cause:
What cause withholds you then, to mourn for him?
O judgment! thou art fled to brutish beasts,
And men have lost their reason. Bear with me;
My heart is in the coffin there with Caesar,
And I must pause till it come back to me.

Charlton Heston Mark Antony speech "Julius Caesar" (1970)

チャールトン・ヘストン版(1970年)。圧倒的迫力。

そして、これらのメールに対するユキの反応は……「ヒマなの?(怒)」。