野獣

英国ロイヤル・バレエ団において19歳にして史上最年少のプリンシパルとなった天才セルゲイ・ポルーニンのダンスを、私は2012年に「アリーナ・コジョカル ドリーム・プロジェクト」で観たことがあります。アリーナ・コジョカルのこのプロジェクトは、2年後の2014年にもほぼ同じメンバーで来日したのですが、そのときにはポルーニンの姿はありませんでした。タトゥー、ドラッグなどの芳しくない話でかねて物議を醸していたポルーニンは、2012年1月、電撃的に英国ロイヤル・バレエ団を退団しており、労働ビザのとれないためにイギリスを退去せざるを得なくなって以後その姿は表舞台から遠ざかったかに思われていたのでした。

そのポルーニンの名前を久しぶりに聞いたのは、今年の3月のこと。アイルランド出身のミュージシャンHozierのデビューシングル「Take Me To Church」(2013年)にあてて踊ったポルーニンのダンス映像がYouTube上で話題となり、これをクライマックスとしてポルーニンのこれまでの軌跡を辿る映画『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』が今年の7月に日本でも公開されることになったのに先立って、ポルーニン自身が来日して映画のプレ公開と共にダンスパフォーマンスを見せるというのです。これは観に行かねば!

会場となったのは、東京藝術大学の構内にある奏楽堂です。「茶の湯」展を見終えてから喫茶店で時間調整をした後、Googleマップに騙されて道に迷いかけながらもどうにか会場に着いてみると、ロビーにはこのイベントのポスター原画がずらりと並んでいました。

さすが東京藝術大学、修士五人によるポスターの競作が行われ、その中からメインポスターを選んだ上で、残る4作品も展示していたのでした。

それにしても、バレエダンサーの映画のポスターとは思えない暗い色調の作品ばかり。やはりポルーニンは闇の住人なのか?

映画の冒頭に映し出されたのは、「Take Me To Church」のダンス映像の撮影前、スタッフたちの足が画面の手前を行き来する中、床に正座してゆらゆらと揺れながら集中を高めている姿でした。さらに楽屋で出番の前に各種の薬を次々に飲み干す様子。そこから一転して時間を遡り、家族へのインタビューやホームビデオの映像を組み合わせて、ポルーニンの幼少期が描かれます。

幼いときに体操競技に親しんだこと、バレエに転向して最初の教師に温かく育てられたこと、ステップアップのためにキエフの学校に移り、学費を稼ぐために父はポルトガル、祖母はギリシャで出稼ぎをし、母ひとりが厳しい教育を施したこと。英国ロイヤル・バレエ学校のオーディションを受けるためにロンドンに渡り、13歳から家族と離れてバレエ漬けの生活を送ったこと。友人には恵まれたものの、両親の離婚を知り、そして破滅的な遊びに溺れながらもバレエ団の中では群を抜くスピードで才能を開花させていき、19歳でバレエ団の頂点であるプリンシパルに任命されたこと。

やがて燃え尽きたポルーニンの電撃退団がどれほどセンセーショナルに報じられたかが様々な新聞の見出しで示された後、ロシアに戻ったポルーニンはメンター的な人物との出会いを経て踊る情熱を取り戻したかに見えましたが、やがてここでも踊ることを強いられる自分の境遇にプレッシャーを感じるようになっていきます。そうした中に母親を訪ねたポルーニンの姿をカメラは家の中まで追っていますが、自分の人生を強制した母親との心理的な溝は埋まらず、和解には程遠い訪問に終わってしまいました。

そして引退を決意したポルーニンが、ロンドン時代の親友に振付を委嘱したのが「Take Me To Church」。ハワイのマウイ島の樹林の中に分け入って行われた撮影の場面で冒頭の揺らめくポルーニンの姿に回帰し、そのまま「Take Me To Church」の映像が挿入されます。この作品への大きな反響が転機となり、踊ることの意味を見出したポルーニンは、最初のバレエ教師の教室を訪れて恩師や子供たちと触れ合い、さらに劇場に両親と祖母を招待してひとときの家族の再生を果たします。

多少の演出が混じっている(特に「Take Me To Church」を撮影するに至った経緯は疑問)にしても、おおむねリアルなインタビューや舞台の表裏の映像を中心として、ポルーニンの英国ロイヤル・バレエ団脱退の背景とその後の彼の様子を知ることができ、その合間に差し挟まれる超人的なダンスの数々を堪能することもできて、見る価値のある映画でした。「Take Me To Church」の振付は友人Jade Hale-Christfiですが、エンドロールの中にラッセル・マリファントの名前があったのは、本編最後に部分的に踊られていた作品の振付を担当したのかな?

さて、映画が終わってもホールは暗いまま。あらかじめアナウンスされていたようにじっと待ち構えていると、暗闇の中に徐々に光がさし、そこに映画の冒頭と同じく正座して揺れているポルーニンの姿がありました。

前から4列目のど真ん中という席(私の前の列はプレス関係が多かった模様)で観るポルーニンのダンスの迫力は格別で、舞台の狭さのために控えめにしているのかジャンプには高さが感じられませんでしたが、それなのに滞空時間の長さは驚異的。足の甲で床の上を滑るパもそのままに再現し、そして最後の540(five-forty)も軸足に絡みつくようにもう一方の足を素早く回転させて、高さがないのにゆとりが感じられます。まさに、重力の制約から解き放たれたようなダンスでした。また、映像作品とはがらりと変わって、パイプオルガンを背景にした暗い空間でのダンスでしたが、これもまた荘厳な感じがして魅力的です。

このパフォーマンスで大きな拍手を集めたポルーニンは、いったん下手に下がって上衣を着てから、イベントのプレゼンテーターである箭内道彦氏と共に再び姿を現しました。ここからは、箭内氏によるインタビューです。その内容をかいつまんで紹介すると……。

映画の印象?
It’s hard to watch. 自分の感情がローラーコースターのように揺さぶられるものだった。
アートとは何か?
Create something beautiful. 人々が完全なら芸術はいらない。しかし現実には足りない何かがある。だからアートが貢献する必要がある。あらゆるデザインはアートであり、どんな仕事でもクリエイティブであれば、それはアートと呼べる。
これから芸術の世界に入っていこうとする若者たちへ声をかけるとしたら?
Be brave. 失敗を恐れてはいけない。そして自分らしくいること、孤独を恐れないこと。
あなたのゴールは?
Unite the world. 世界を一つにすることはアーティストの仕事だ。

インタビューの合間におそらくバレエのことやポルーニンのことはあまり知らないと思われる副学長が出てきてよくわからない話をされたり、ポルーニンも興が乗ると一つのテーマについて積極的に語り続けたりと若干カオス気味のインタビューでしたが、最後に二人並んで一般観客の撮影にも応じてくれました。

映画の通りならポルーニンの前途にはダンサーとしての明るい道が開けているはずですが、公私のパートナーであるナタリア・オシポワと共に先日上演した自身の「プロジェクト」は、必ずしも高い評価を得られているわけではありません。アスリートとして厳しい自己抑制と鍛錬を続けなければレベルを維持できないのがダンサーという仕事であり、その観点からすればポルーニンは早すぎる段階で頂点を究めてしまい、既に身体能力に衰えが見られると言われることがあるのも事実。さらに、ジョニー・デップらと共に映画『オリエント急行殺人事件』(今年の年末に公開予定)に出演するなど、今の彼が何をしたいのかわからないというのが正直なところで、もしかすると数年後には、英国ロイヤル・バレエ団を辞めたときに言っていたように本当にダンスを辞めているかもしれません。

今回のイベントが、そんな彼のダンスの見納めとならないことを祈るばかりです。