鍛治

この日は金春流能楽師・中村昌弘師の企画による「『小鍛冶』特別講座」。昨年の「角田川(隅田川)」と同様に五流揃ってのトークセッション(当日の並び順に左から金春流・中村師 / 観世流・武田宗典師 / 宝生流・高橋憲正師 / 金剛流・宇髙竜成師 / 喜多流・大島輝久師)でしたが、前回はオンライン参加だった宇髙師も今回は国立能楽堂に登場して五人が壇上に揃い、一方、聴衆は会場でのリアル参加とオンライン参加のハイブリッドで、私はZOOM参加を選択しました。

まずは司会進行の中村師による「小鍛治」のあらすじ解説からですが、国立能楽堂講義室に参集した受講者の半分と同じく、私もこの曲はこれまで観たことがないので、以下、簡単にあらすじを記しておきます。

霊夢を得た一条天皇は勅使を遣わし、三条宗近に御剣新造を命じる。有力な相鎚の居ない宗近は辞すること叶わず、神仏の加護を願って稲荷明神に参詣する。そこへ現れた一人の童子は、草薙剣の故事を物語り、神の助力を予告すると、姿を消す。宗近が自邸に祭壇を築き、神に祈りを捧げていると、稲荷明神の眷属の霊孤が現れて宗近を刀鍛冶の師と仰ぐ。こうして神の助けを得た宗近は、天下無双の霊剣「小狐丸」を打ち上げる。完成した御剣は朝廷に献上され、霊孤は稲荷山へと帰ってゆく。

ついで五人が壇上に揃ったところで、「刀剣乱舞」ネタのクイズを挟んでから、いつものように曲の重さなどを取っ掛かりに五流の比較が行われました。

  • 演じる時期
    • 五流とも若い時期から取り組む曲で、初めて面を掛けて演じる(初面はつおもて)曲として取り上げられることもあるそう。その理由については、やることが多いので勉強になる(武田師)という声もあれば、動きが激しく情念が希薄なので若手向き(大島師)という説明もありました。
    • ちなみに高橋師のみこの曲を演じたことがないそうで「ご縁がない曲なのかな……」と一人たそがれていました。
  • 小書
    • すべての流儀に老体で重くなる《白頭》(後シテが常の赤頭から白頭になる)がありますが、金春流が「緩急がつく程度の違い」、宝生流は「動きが負担の軽いものになる」という話なのに対し金剛流では「むしろ動きが増え」、喜多流でも「狐足という特殊な足遣いが入って大変な稽古量を要する」とのこと。
    • 観世流では《白頭》の他に、後シテが黒頭になり狐を戴かず面が狐っぽく変わる《黒頭》や後シテの出が乱序になる《別習黒頭》があるそう。
  • 前シテの出立
    • 写真を写しながら各流比較。毎回ここで各登壇者が他流の写真を見て自分の流儀との違いに「ほー」とか「へー」とか感心し合います。
    • 金春流は黒頭に童子面、鮮やかな緑色の水衣、着付は紅。宝生・喜多流も色合いはそれぞれながら基本線は同様でしたが、金剛流は《白頭》の場合は前シテから白頭に尉面だそうで中村師びっくり。また観世流の写真は《黒頭》のもので、面ははっきりした前髪のある喝食、装束は(これは斬新な取り合わせだが、との注釈つきながら)縫箔らしきものを腰巻にし、さらに扇の代わりに稲穂を持っていましたが、これは狐のしっぽを連想させるものだそうです。
    • このうち喜多流の水衣の着方(折り目の線のところでぴしっと折れた状態で着用)が他流の人々には斬新だったようで、これに対し大島師は「貧乏だった流儀は衣装が傷まないようにこうしている、と聞いている」と説明していました。
  • 後シテの出立
    • ここも写真を写しながら各流比較。
    • 金春流は法被を両肩上げとし、狐冠を戴き面は小飛出。《白頭》の場合は狩衣を衣紋に(=襟を折り込んで普通の着物のようにあわせて)着る。面は泥小飛出(金泥を用い神格性を増したもの)を「使ってもいいよ、奈良にあるけど」(師匠談)だったとのこと。
    • 観世流(《黒頭》)は泥小飛出、上記の通り黒頭になり狐は戴かず、動きが激しいので表着を着用しない裳着胴。
    • 宝生流は金春流と同じく法被両肩上げ、赤頭の上に狐を戴きますが、その尻尾に青い線が三本入っているのがキュート。太刀の刀身も鎚も黒。これが《白頭》になると狩衣を肩上げ衣紋着けにして、面は泥小飛出が多くなり(ただし用意されていた写真は大飛出)、手にする鎚も金色。
    • 金剛流は法被右肩脱ぎ(遠山の金さん)、面は普通は小飛出。鎚は常の場合は後シテが手に持って出るが《白頭》のときはワキの宗近が用意しているそう(これは観世流も同じ)。
    • 喜多流では《白頭》の姿でしたが、小書の名の通り全身真っ白。面は泥小飛出。また常の赤頭の上には金の雲戴(雲の透かし模様)に金の狐が載るのに対し、白頭の上には銀の雲戴に銀の狐。ついでに鎚も銀色になりますが、この鎚もシテは長く、ワキは短くと使い分けられるそうです。
  • 祭壇
    • 注連縄につけられる紙垂には左右二流に垂れる両紙垂と稲妻型に垂れる片紙垂がありますが、金春流ではどちらもアリ、観世・宝生・金剛は両紙垂のみ(ただし宝生流は片方を折って短く作る)、喜多流は吉田神道の流れで片紙垂とし末端を太くする、という違いがありました。
    • ここで祭壇作りの実演。五流揃って作リ物を組み上げるということはまずない……という話をしながら裸の一畳台に台掛を掛けて留め、注連縄を張る柱を四箇所に釘打ち。紐を渡して紙垂をつけていましたが、中村師が張られている紐の撚りを巧みに解いてそこに紙垂の根元を挟み込んでいるのには驚きました。
    • 祭壇ができたところで、まず行われたのは大島師による「狐足」の実演です。これは台に上がるときに下からジャンプして片足を上げた状態で着地しすっくと立つという荒技で、台から降りるときも同様。さらに台上を腰を落として摩訶不思議な足遣いで歩く所作も「狐足」に含まれているようで、他流の能楽師も真似てはみるものの簡単にできるものではないようです。これが《白頭》における特殊演出の一環なのであれば、確かにこれは「年寄り向きに負担を軽くしたもの」ではあり得ません。
    • そして台上での鎚の打ち方にも違いがあり、金春流・金剛流は左手を上、右手を下にした両手で打ってからまっすぐ引き、宝生流は片手打ちながら左手も右手と平行に振り下ろして共に引く(←仮称「ナハナハ」)、観世流と喜多流は右手を上、左手を下(つまり太刀の持ち方と同じ)とする構え方で打ってから右横へ引く形。さらに喜多流の場合は一回目は左膝(他流は右膝)を突いて鎚を振り下ろし、二回目は左足を一畳台の外に残して右膝を突いていました。
  • 狩衣
    • 実演コーナーの最後には狩衣の着装が行われ、ここでも各流能楽師が協力して着付け。「衣紋に着る」「肩上げ」の実際を行なったほか、肩上げに際して袖を半分折り込んで露(袖の下端から垂れる紐)を出さないバージョンと三つ折りにして露を出すバージョンがあり、その場で確認したところ前者は下掛リ(金春・金剛・喜多)、後者は上掛リ(観世・宝生)に見事に分かれましたが、高橋師曰く「先代の家元が観世流のを見て『あれがいい』と変えたらしい」となったのだそうです……。

休憩をはさんで、後半は謡い継ぎ。以前の講座では同じ箇所を各流が謡い比べる趣向がありましたが、今回は次のように分担されていわばダイジェスト版の一曲を聴き通すことになりました。

  1. 頃は神無月(中村師)
  2. 尊剣を抜いて〜下向したまえ(武田師)
  3. よし誰とても〜中入(高橋師)
  4. いかにや宗近〜おびたたしや(宇高師)
  5. 神体時の〜トメ(大島師)。

毎度のごとく五人の謡はいずれも絶品でしたが、今回聴いていて思ったのは高橋師の謡が地の声とのギャップが最も大きく、一方、大島師の謡は地の声をそのまま深く・太くした感がありました(この点は後で大島師本人から説明されることになります)。

最後に質疑応答コーナー。

打たれているのは刀だが詞章では剣。違いはあるのか?
【武田師】奉納される神聖な刀は「御剣みつるぎ」と言うから、そうした言い回しからきているのでは?
装束を選ぶ際の演者の裁量範囲はどこまで?
【中村師】曲によって自由度は異なる。たとえば「羽衣」なら長絹にする場合もあれば舞衣にする場合もある、など。
【宇高師】「小鍛治」ではバリエーションはあまりない。色・文様はある程度選べるけれどもキャラクターを出すことを考えてのチョイスになる。
【武田師】装束がそれほど多くないので「小鍛治」だったらこれを使うよね、といった選択肢が決まっており、その中から選ぶ。「羽衣」の長絹・舞衣は小書によって決まり、その中で上がこれなら下はこの色、といった組合せを考えることになる。
【高橋師】お家元から装束をお借りする立場なので、自分の裁量はほぼありません(きっぱり)。
【大島師】「小鍛治」の前シテなら色や柄に自由度はあり、二度・三度と演じるときは前に着たものとは異なるものにしようと思う。後シテは《白頭》の場合は真っ白が決まり。
前半で観世流の小飛出面を見て大島師が「いい面ですねぇ」と感嘆していたが、どういう面がいい面?
【大島師】何をもって美人と感じるかと同じで、人によって違う。あの面は初めて見た形だったし彩色も良かったので「いい面」と言ったが、では全員が同様に感じるかどうかは別。
【高橋師】同意見。自分が培ってきたものによっても見方は違うし。ただし達しているべき基準というのは能楽師の共通認識としてあるでしょうね。
面を掛けるときの面紐は流儀により色の違いがありますか?
(色のセレクトルールに違いがある、がおおまかな回答ですが、登壇者が詳細に説明して下さった内容は省略します。)
なぜ喜多流のみに「狐足」がある?
【大島師】かつて喜多流の誰かが考えた、ということなのでしょう。そのおかげでいま我々が苦労している(笑)。ただ、全般的に上掛リは幽玄、下掛リは写実が多い、とは言われる。
演出の違いを通じて、どのような点を各流儀の特色として伝えようとしているか?(←この質問は難しく、登壇者も回答に困った模様)
【大島師】《白頭》の場合はほとんど神格化されているが、その中に獣性を同居させるところが喜多流の《白頭》のテーマだろうか。
【高橋師】宝生流では逆に《白頭》の場合、動かなくなりどっしりした格を見せることを重んじている。
【宇高師】流儀の主張、と言っても他流と比べることはしないので、そこは見る側の楽しみということではないか。
【中村師】同意。金春流もある意味ガラパゴス。神格化することで緩急がより鮮明になるという点は特色ではあるものの。
【武田師】(唯一《白頭》以外の小書を持つ観世流では)《白頭》なら神様っぽく、《黒頭》ならより動物的に。流儀の違いというより小書の違いによって持って行き方を変えているのが観世流。
謡の声は話しているときの声とまったく違うが、発声のこつは?
【中村師】自分は作り声をしようという感覚はないが(他の登壇者に)どうでしょうか?→全員うなずく。
【大島師】謡っている側としては、あえて変えようとしているわけではなく、自分の声を最大限にクリアに活かすための発声法を追求しているし、自分自身まだまだできると思っている。

この最後の質問はナイス!これまで私もこの講座に参加するたびに思っていたことでした。また、これまでの講座では自分の興味が能楽師の皆さんの話の面白さに向いていたきらいがありましたが、今回は後半の謡い継ぎを通じて登壇した能楽師の皆さんの鍛え上げられた声を(ZOOMを通してでも)集中して聴くことができ、そして大島師の説明に深く感銘を受けたのでした。

最後に、出演者の皆さんの演能予定の紹介がありました。宇高師は年内はシテとしての出演予定はなく、大島師の8月1日の「望月」も完売。高橋師は石川県が拠点なのでそこまで足を運ぶことは難しいのですが、今月末の中村師の会の立合仕舞で「玉之段」を舞われるそうで、その中村師の会は拝見予定です。また武田師は11月3日にご自身の会で「屋島」を勤められますが、こちらも申込み済です。ただ、肝心の「小鍛冶」(10月3日・金春会定期能)は上演日に予定あり。残念です。