鮫鰭

有楽町マリオン内の丸の内ピカデリーで、映画『MERU / メルー』を観ました。まずもってこれは、山ノボラー必見の映画だと断言しておきましょう。

インド・ガルワールヒマラヤに屹立するメルー中央峰(6,310m)は、形状がサメのヒレに似ていることからシャークス・フィン(Shark’s Fin)と呼ばれています。この中央峰の初登は2001年にロシアのフレリー・ババノフによって北東壁から単独でなされ、2006年には馬目弘仁氏が率いる鱶鰭同人会が第2登、スロベニア隊が第3登を記録していますが、フィン自体を直登する記録は生まれていませんでした。

この映画は、コンラッド・アンカー、ジミー・チン、レナン・オズタークのトリオが、2008年の失敗を経て(コンラッドにとっては2003年の別チームでのトライを含む三度目の挑戦で)2011年9月にシャークス・フィンをダイレクトに登りきった記録です。

映画の冒頭は2008年のトライのシーン。標高差1,500メートル、そして最後に垂直で手がかりの乏しいヘッドウォールを擁するフィンの登攀には、アルパインスタイルに加えてビッグウォールスタイルが必要……というわけで大量のギアとポータレッジを担ぎ上げ、セカンド以降はユマーリングを駆使しながらのクライミングでしたが、8日間の食料・燃料を持って登ったものの天候に恵まれず長期の停滞を余儀なくされた末に、残り100メートルのところで登頂を断念するに至りました。それから3年後に三人は再びシャークス・フィンを目指すのですが、映画は単純に山行の模様を追うのではなく、三人の生い立ちや山に向き合う姿勢を丹念に描写していきます。

コンラッド・アンカーは様々な先鋭的クライミングを実践してきた練達のクライマーであり、エヴェレストでジョージ・マロリーの遺体を発見したことでも知られています。しかし、映画の中での彼の独白で特に印象的だったのは、シシャパンマで盟友アレックス・ロウを雪崩で失った過去を振り返る場面。常に冷静な語り口のコンラッドが、ここだけはなかば慟哭するように辛い思い出と向き合う様子を見せました。また、コンラッドの妻ジェニーもたびたび登場して夫を危地へ送り出すことの葛藤を語りますが、彼女の前夫はアレックス・ロウです。

ジミー・チンは、ナショナル・ジオグラフィックの写真家であると同時にノースフェイスのアスリートチームメンバーとしてビッグウォールから8,000mの高所まで、様々なスタイルの先鋭的なクライミングをこなしてきました。また、レナン・オズタークも映像作家・画家・クライマーという顔を持っており、この映画のクライミングシーンはジミーとレナンの二人が撮影した映像によって構成されているのですが、レナンは二度目の挑戦の年の3月にスキーの撮影中の事故で頚椎損傷を含む重傷を負ってしまいます。しかし、最初のトライのときには嵐に巻き込まれての長いビバークの後に登攀を再開しようとするコンラッドとジミーについていけないものを感じていた彼が、何としてもこの二度目の登攀に参加したいと必死のリハビリを重ねる姿には感動します。

そして、いよいよ2011年の登攀。雪のセクションからヘッドウォールの人工登攀(グレードはA4!)を繋げて、最後は2008年に見上げながら登攀継続を断念したスノーリッジをジミーが不恰好な馬乗り(といっても傾斜はほとんど垂直)になりつつ突破して歓喜の雄叫びをあげる場面まで、息をつかせない迫力の映像が続きます。山頂では、コンラッドが感極まって雪に突っ伏す姿も見られますが、それはこの登頂が彼にとってのメンター(師)であったマグス・スタンプとの約束でもあったから。このように、クライミングにおける師弟関係やパートナーシップの重要性に光を当てていることもこの映画の特徴です。

登攀の描写の中では、もちろん垂直の壁に挑む三人のクライマーの姿が圧巻ですが、クライマーたちに停滞を強いる嵐やポータレッジの横を通り過ぎてゆく雪崩の音といった自然の猛威、さらにはポータレッジの破損といったアクシデントもこの登攀の重要な一部分として描写されていて、興味深いものでした。興味深いといえば彼らが使用しているギアにも目を凝らしたのですが、アイスクライミング用のアックスではなくほぼストレートシャフトのBlackDiamond Venom(たぶん)にリーシュをつけてピオレトラクションを行なっていたことや、スカイフックやタロンにアブミをセットしての人工登攀、さらには岩場をフリークライミング能力を駆使して登る場面でのシューズのソールのドットパターンなどが目を引きました。

また、登攀におけるリスク管理のあり方について明確に言及している点には強い共感を覚えました。安全マージンをきちんととった上で登るという姿勢、しかしシャークス・フィンに関してはそのマージンを最小化しなければ登れないという状況との折り合いの付け方。レベルが違うとはいえクライミングをたしなむ身としては、いろいろと考えさせられる内容を含んでいました。

ところで、事故の後遺症を抱えたレナン・オズタークを再挑戦のチームに加えたコンラッドとジミーの判断については、率直に言って首をかしげざるを得ません。二人ともこのトリオで登頂することに意味があったという趣旨のことを言っていますが、一方でコンラッドは登頂から半月後の「Alpinist」のインタビューに対しthey could have reduced their time on the climb by three days if they had climbed in a two-man teamと説明しているように、レナンの参加がチームの成功率を下げるばかりか、脳への血流に障害を残したレナンの生命を危険に晒すという点でも、この判断は自分だったらしないと思います。

また、映画の全編にわたって「Into Thin Air」の著者であるジョン・クラカワーが解説者的立場からコメントを加えており、なぜ文筆家である彼が?と不思議だったのですが、調べてみたところジョン・クラカワーは、クライマーとしての南極での登攀でコンラッド・アンカーと組んだ仲であったことを知りました。

なお登攀の様子は、映画の予告編よりも、2012年にノースフェイスのYouTubeチャンネルで公開されたこちらの「Return to Meru Expedition」(9分50秒)の方がさらにリアルに伝えています。これを見れば、さらにわくわくすることでしょう。