飛車

2008/06/26

ここのところ、国家公務員が深夜帰宅のタクシーで金品を受け取っていたという、いわゆる「居酒屋タクシー」問題が新聞紙上を賑わしています。かくいう私も20代の頃は霞が関勤めで、国会会期中は終電に間に合わずタクシーのお世話になることもしばしばでしたが「居酒屋タクシー」のような風習(?)は一切ありませんでした。当時に比べて格段に職業倫理教育が徹底されているはずの今の官庁でこんなことがまかり通っていたというのが、よしあしの論評を抜きにして単純に不思議です。

ところで、今年は能を一所懸命観る年と決めていて、能楽堂に毎月足を運んでいるのですが、そうなると『平家物語』や『源氏物語』『伊勢物語』などは必修科目。そんなわけで、今は通勤の行き帰りに『平家物語』を眺めています。岩波文庫の『平家物語』は現代語訳がついていないので、最初のうちは読み通せるかどうか自信がありませんでしたが、どうやら近頃古文のリズムに慣れてきたなと思ったところに出会ったのが次の一節。

大臣、争かさる事あるべきと思へ共、今朝の禅門の気色、さる物ぐるはしき事もあるらむとて、車をとばして西八条へぞおはしたる。(巻第二 教訓状)

鹿ヶ谷の謀議が露見し、平清盛は首謀者たちを逮捕するとともに、黒幕とおぼしき後白河院をも拘束しようとします。これを聞いた清盛の長子の重盛が、そんなばかなとは思うものの、今朝の清盛の様子からするとそこまでやりかねないと考え、暴挙を諌めようと清盛のもとへ急行する場面。この車をとばしての表現が妙に現代的で、そこで目が止まりました。

この時代の「車」と言えば牛車のことで、一刻を争う場面で牛車を「とばす」というのもなんとなくおかしいのですが、それよりも頭の中で「居酒屋タクシー」のイメージとごちゃ混ぜになり、重盛があわててタクシーで西八条に乗り付ける場面を想像して、地下鉄の中で独りにやにや笑ってしまいました。たぶん周りの人には、不気味に映ったことでしょうけれど。