招聘

2019/03/25

仕事帰りに有楽町に立ち寄って、マルイで開催されている「UDO 50th Anniversary Special Exhibition 海外アーティスト招聘の軌跡」を見ました。

主としてロックの分野で日本を代表するプロモーターであるUDOの存在感は海外アーティストにも絶大で、あのBill Brufordの自伝の中でも言及がありましたし、昨年来日したDeep PurpleのIan Gillanも来日前のインタビューでこう言っていたくらい。

初来日からのプロモーターであるMr.ウドーと素晴らしいチームにお礼が言いたい。毎回最高のツアーをさせてもらえている。プロフェッショナルな興行とはどういうものか、その基準を打ち立てたのが彼だよ。世界中のプロモーターがその基準に追いつくのに数年かかった。いや、まだ全員が追いついているとは言えないね。

確かに、近年とりたててヒットを飛ばしているわけでもない40年選手のTotoのライブで、平日の夜の日本武道館を満員にしてみせたその豪腕は、ウドーならではでしょう。

今はなくなってしまいましたが、過去にはウドーのサイトに来日したアーティストに帯同するウドーのメンバーの奮戦記が載っていて、それを毎回楽しみに読んでいたことがあります。トンカツが大好きなEric Claptonのために行く先々でトンカツ屋を探したり、デパ地下できんつばなど渋いセレクトをする日本通のBrian Mayに驚いた店のおばちゃんに「あの外人さん、誰なん?」と問われたり、スタジオミュージシャン上がりらしく集合時間をきっちり守るTotoのメンバーとは対照的に時間にルーズな某バンドに苦労したり……と毎回波乱万丈でした。しかし、彼らの仕事はもちろん招聘の企画段階から始まっており、アーティストの集客力を緻密に分析しながら会場を決め、チケットの価格を設定し、そして宣伝を行うという目利きの力が問われます。そこには、日本のマーケットでそのアーティストを育てるというブリーダー的な役割も含まれていたはず。

ビジネスとしての収益を確保しつつこうした高い次元でのプロモーションを実現してきたウドーの50年の歴史を振り返るというのが、この展示の企画趣旨です。

展示はこんな具合に年を追ってアーティスト招聘の実績を当時のポスターのコピーで紹介するつくりとなっており、私も自分のライブ参戦履歴をiPhoneで確認しながら会場内を歩きました。

こちら(↑)は1972年。まだこの頃の私は洋楽にうとく外タレのライブに行けていませんが、写真の下段中央の黄色いポスターは後楽園球場でKeith Enersonがハモンドオルガンに日本刀を突き立てた伝説のELPライブ、その右隣はなんとLed Zeppelinです。あと10年早く生まれていたら、きっとこれらのライブを見に行っていたことでしょう。

展示されていた中で私が参戦した最も古いライブは、1980年のKansasのMonolithツアーでした。会場は日本武道館でしたが、圧巻のパフォーマンスだったことを今でも覚えています。ちなみにこの年、ウドーはTotoやJourney、The Police、Jeff Beckも呼んでいます。

1983年のパネルには、いわゆる「Asia in Asia」のポスターもありました。私自身が見たのは大阪城ホールでの公演でしたが、こちらのポスターは東京限定。そしてメンバーの写真を見るとJohn Wettonの姿がありますから、あの電撃的なGreg Lakeへの交代劇が起こる前のものなのでしょう。

1984年のパネルにはRush、1992年のパネルには8人Yesのポスターもありました。Yesはその後何度も観ることができましたが、Rushの来日はこのときだけ。思い余って2007年にカナダまでライブを観に行きもしましたが、やはりウドーには頑張ってもらってもう一度呼んで欲しかったな。世界的スーパースターであるがゆえの高額の出演料と日本国内でのさほどでもない知名度(=集客見込み)とのアンバランスから、興行として採算が見込めなかったのでしょうか。

こうしたプログレ残党をウドーが招聘しているというのは、少々意外でした。会場を見ると、Robert Frippは東京こそ簡易保険ホールですが大阪と名古屋はクラブクワトロ、John Wettonは渋谷のOn Air East、Steve Hackettは厚生年金会館、そしてRoger Watersは貫禄の東京国際フォーラムホールA。Robert Fripp以外の3人は観ています。

その他、懐かしいアーティストの名前に遠い目になったり、この段階でこのバンドを招聘していたのか!と驚くような発見もあったりして楽しみながらパネルの間を散策してゆくと、行く手にこんな光景が現れました。

マーシャルのアンプの前にずらりと並ぶギターたち。左からCarlos Santana、Steve Lukather、Jeff Beck、Eric Clapton、同(EricのGibson!)、同、同、Joe Perry、Ritchie Blackmoreの持ち物だったもの。どれも貴重ですが、中でも左から4本目のBlack Jr. が目を引きます。

ギターに所縁のある展示は、ステージ上で破壊されたギターのネック(Steve Vai / Yngwie Malmsteen)やピックたち。

さらにバックステージパスやチケットの数々も展示されていました。よくこんなものを保管してこられたものだと感心しましたが、一番感心したのはこちら。Paul McCartneyの大麻所持による逮捕のために「幻に終わった」Wingsのパンフレットです。大量に製作し、そして演奏会場では売ることができなかったこのパンフレットが、その後どういう運命を辿ることになったのか、聞いてみたい気がします。

なお、会場にはウドー50年の社史も展示されていましたが、物販コーナーにはその姿がありませんでした。聞いてみたところ、著作権の関係で残念ながら非売品扱いなのだそうです。

こうしてウドーのこれまでの歩みを一通り見終わってみると、その招聘活動によって自分も多大な恩恵を蒙ってきていたということがよくわかりました。音楽の売り方が変わり、公演の様子はYouTubeで瞬時に世界中に共有される時代になっても、直に身体に響いてくる音圧と目の前で繰り広げられるパフォーマンスとがライブの醍醐味であることに変わりはありません。音楽の嗜好の面では保守的な自分が言うのも何ですが、これからもウドーには、その目利きの力で刺激的なアーティストを日本に招聘し続けてほしいものです。