伊豆

ここ数年、のんびり温泉気分な週末には伊豆の温泉宿に足を向けることにしていますが、この週末もそうした気分になり、定宿と化しつつある片瀬白田の大観荘に向かいました。

2021/10/23

初日。宿に直行して何もせずに半日を怠惰に過ごすのは自分の性に合わないので、熱海で途中下車し、伊豆山神社を訪ねてみました。

予習なしで訪ねたのですが、想像よりも立派な神社でちょっとびっくり。公式ホームページによれば次のような由緒を持っているそうです。

当社はかつて伊豆御宮、伊豆大権現、走湯大権現、伊豆御宮とも走湯社とも称され、略して伊豆山、走湯山と呼び親しまれてきた、強運守護、福徳和合、縁結びの神様です。

祭祀の創まりは遥か上古に遡り、現存する木造男神像(平安時代中期、日本最大の神像)は、『走湯山縁起』が応神天皇の御世に相模国大磯の海に出現し、仁徳天皇の御代に日金山に飛来し祀られたと伝える伊豆大神の御神影をあらわしています。

その神威の源は、湧き出る霊湯「走り湯」です。走湯権現とはこれを神格化した呼び名で、伊豆の国名は湯出づる神である当社の神徳に由来します。

バス停を降りるとすぐそこが参道の怒濤の階段。しかしここにあるのは上宮で、下の方にはかつて下宮があり、さらに浜に近いところには走り湯神社。それらをつなぐ階段の段数は837段に及ぶそうです。

階段制覇の趣味はないので220段ほどのがんばりで小広い境内に出ると、その奥にはこじんまりと美しい本殿。コロナ退散を祈願してお賽銭を奮発しました。

ここには昭和天皇が皇太子時代に参詣したこともあり、その際に手ずから植た松は松くい虫の害で伐採されてしまったものの、その種が芽吹いてここまで成長しているそうです。そしてその右手に回ると山上にある本宮社へ通じる道の入り口がありましたが、どうやらそこへは山道を1時間近く歩かなければならない模様。宿に着くべき時刻から逆算すると残念ながら本宮社に至るまでの時間的ゆとりはなさそうです。

しかし境内にも見所はまだまだありました。まず特筆すべきは、まだ流人の身分だった源頼朝が北条政子と恋を語らったという「頼朝・政子腰掛け石」。その向かいには神様の降り立つパワースポット「光り石」。アニメ由来の聖地とはされていないのがいいところです。

それにしてもよい眺め。この境内の標高は170m(ちなみに本宮社は380m)で、相模灘が一望の下にあります。確かに自分が神様なら、ここに祀られたいと思うような風光明媚な境内でした。

伊豆半島の東海岸を南下して片瀬白田駅で下車。伊豆熱川と伊豆稲取という二つの温泉地に挟まれて鄙びた雰囲気が好ましいこの駅から徒歩1分、これで3度目の宿泊となる大観荘に投宿しました。部屋で荷を解いたらすぐに風呂。滑らかな泉質の湯につかってほっと一息つきました。

この宿の楽しみは、温泉風呂と共にこの目も綾な料理です。「割烹の宿」をうたい「料理屋に泊まる」がコンセプトというだけあって、伊豆の食材を活かした創作和食の数々に大満足。お酒も進み、ちょっとくらくらする感じで部屋に戻ったらすぐにバタンキューでした。

2021/10/24

2日目。2年前に河津七滝を歩いたときに次に来るなら「踊り子歩道」のロングウォーキングの一部としてここを歩きたいと書きましたが、踊り子歩道ではないもののこの日は天城峠から八丁池までを歩く片道3時間のハイキングを行うことにしています。

朝一番で行動食を調達するためにコンビニに向かう途中、駅前の通りから奥に見えていた神社に立ち寄ってみました。「神社誌」に書かれたところではこの神社の名前は志理太乎神社ですが、別称が来宮神社で、鳥居に掲げられた額にも「來宮社」と書かれています。熱海の近くにある來宮神社を勧請したものかとも思いますが、詳細は不明なままにこの日のハイキングの安全を祈りました。

宿に戻っておいしい朝食をいただいてから、電車で河津に移動。片瀬白田の駅のホームからは天城の主峰である万二郎岳・万三郎岳が見え、車窓からは大島をはじめ伊豆七島のいくつかが眺められました。

さて、この後に河津駅からバスに乗り継ぎ天城峠へ向かってそこからハイキングが始まるのですが、その顛末は「山行記録」として別途レポートすることにします。ただし、このハイキングも含めて伊豆の歴史と温泉と山海の幸と気候に恵まれて楽しい2日間だったということはここに記しておきます。