配達
2001/09/01
先日映画で観た『山の郵便配達』の原作(彭見明著 / 大木康訳)が書店に並んでいるのを見掛けて手にとったところ、字も大きくてすぐ読み通せそうだったので買い求めました。
「山の郵便配達」は、湖南省の山岳地帯を舞台に、長年郵便配達を務めてきた父親の仕事を継ぐことになった息子が、これが最後の仕事となる父とともに、重い郵便袋を背負って2泊3日の配達の旅に出るというストーリーですが、映画では息子の視点からナレーションを多用して父を思い遣る姿が描かれていくのに対して、原作では父親が中心に置かれ、自分の老いを否応無しに認めざるを得ない哀しさと息子への愛情とが見事な筆致で記されており、それぞれに味わい深く楽しむことができました。
この『山の郵便配達』は著者の短編集で、表題作の他にも著者の生地である湖南省を舞台にしたいくつかの短編が収められています。湖に出て漁をする義理の姉妹と2人をとりかこむ自然の美しさを数時間の描写に凝縮して恐るべき筆力を示す「沢国」。セリフはまったくといっていいほどなく、何ページにもわたって情景描写と心理描写が続くこの作品の美しさは散文詩のようでもあります。続く「南を避ける」は一転して近代化の歪みを描く作品で、年頃になった主人公の娘が、父親の苦悩や奮闘努力にもかかわらず若者たちの憧れの広東へ出ていってしまう話。「過ぎし日は語らず」は没落した知識人の思い出を私塾での弟子の目から語り、「振り返って見れば」は改革解放経済の中ですっかり変わってしまった昔の女にとまどう男が主人公で、いずれも1990年代の中国の世相を描き出していますが、筋立ての面白さと巧みな描写で引きこまれるように読んでしまいました。
そして「過ぎし日は語らず」と「振り返って見れば」の間にはさまれた「愛情」は、先天性の心臓病のせいで興奮すると死んでしまうために夫婦生活を営むことができない女性と結婚した鉄道員の男性の話。登場人物がみな好人物でほのぼのと楽しく、夫の負傷をきっかけにめでたく結ばれるハッピーエンドが作者の主人公たちに対する愛情に満ちていてほっとさせられます。これは映画にもなったそうなので、機会があれば観てみたいものです。