垂直

2004/05/17

不世出のアルパインクライマー山野井泰史氏のヒマラヤ行の記録を集めた『垂直の記憶 岩と雪の7章』。

初めての8千m峰ブロードピーク、ソロ・クライミングへと傾斜していったメラ・ピーク西壁とアマ・ダブラム西壁、チョ・オユー南西壁、ヒマラヤでのビッグウォールであるレディーズ・フィンガー、敗退したマカルー西壁とマナスル北西壁、最難の8千m峰K2。そして最終章はもちろん、急変する天候の中で登頂を果たしたものの下降時に自然の暴威にさらされた、あの衝撃的だったギャチュン・カン北壁からの退避行。高距2千mの北壁を登り、そして下ってくる途中で遭遇した雪崩により、著者とそのパートナー(有能なクライマーでもある妻・妙子さん)が垂直の壁の中で宙づりになり、深刻なダメージを受けながらも、5日をかけてベースキャンプに生還した奇跡の記録です。

視力を失った目、凍傷によって機能を失った手足、間断なく襲うスノーシャワーとピトンを受け付けない岩壁。そんな中で体中のエネルギーを使い果たしながらもビバークをし、懸垂下降とクライムダウンを重ね、氷河を歩いて帰還しようとする二人の姿は壮絶そのもの。そしてラストシーン、人の気配がないベースキャンプを目にした著者は、

ベースキャンプより先まで、さらに僕に歩けというのか。そろそろ僕の気力も限界だよ。もうおしまいにしたい。(中略)もう誰もいなくてもいい。ベースキャンプにたどり着ければ全て終わる。二人の登山は終了するのだ。さあ、止まるな。歩け。最後の登り、100メートルの距離でベースキャンプだ。

と自分に語りかけて歩みを進めます。それまでのいくつかの高峰の頂では、高所の薄い空気の中でそのまま空と雪と岩とに溶け込んでいく感覚を覚えていた著者が、幻視すら起こすこの極限状態の中で最後まで歩き続けられたのは、これがソロではない「二人の登山」だったからなのでしょうか。

幸いにしてベースキャンプでスタッフと巡り会うことができた筆者は、帰国後に手足合わせて10本の指を切断しました。現在リハビリ中の筆者は、しかし既に冬季の一ノ倉沢を登り、フリーでクラックの5.12を落とすまでに回復しているとのこと。あまりにもレベルが違いすぎて自分に引き寄せて読むこともできませんが、著者の復活を願わずにはいられません。