単音

2005/03/21

私が初めて買ったシンセサイザーはKORGのMono/Polyで、4オシレーターをシンクロさせて太いモノトーンを出したり、それぞれ独立音源として4音ポリフォニックで使ったりできるアナログシンセサイザーでした。その後YAMAHAからDX7が出てシンセサイザーはデジタル化していくのですが、我々の世代にとってシンセと言えばやはりMoog。Keith EmersonがHammond C3の上に壁のように立てたモジュラータイプの化け物や、Rick WakemanがMellotronの上に並べたMinimoogに憧れたものです。Minimoogは一度だけ触ったことがあって、たしか秋葉原の電気店の中にある楽器コーナーだったと思いますが、つまみを適当に回しながらビヨンビヨンと音を出して悦に入ったものです。皆さん、VCOとかLFOとか、サイン波とかホワイトノイズとか、EGのADSRとか、覚えていますでしょうか?

渋谷シネマ・ソサエティで放映中の『Moog』(「ムーグ」ではなく「モーグ」と発音)は、そのMoogシンセサイザーの開発者であるロバート・モーグ博士を主人公にしたドキュメンタリー。ただし、Moogシンセサイザーの原理や「Switched-On Bach」以降の音楽史に関する予備知識を持っていないと、話があっちに行ったりこっちに飛んだりするので、ワケがわからなくなるかもしれません。また、モーグ博士はビジネスに長けた人ではなかったらしく、彼が作ったR.A.Moog社は買収され、モーグ博士自身もやがて追い出されてしまい、Moogという商標を使うことすらできなくなったそうですが、映画の中ではそうした紆余曲折にも触れてはいません。ただ、モーグ博士がシンセサイザーの開発に傾けた情熱と、それを熱狂的に受け入れていったミュージシャン(プログレミュージシャンもいればクラブカルチャーの担い手もいます。中でもKeith Emersonの存在が大きかったことは、この映画の中でもとりあげられています)との交流が時代を行き来しながら描かれていきます。

明確な粗筋があるわけでもないので、面白かったポイントをいくつか紹介すると……。

  • 開発当初、モーグ博士とパートナーのハーブ・ドイチは、シンセサイザーに鍵盤をつけるべきかどうか迷ったと語っています。鍵盤楽器としたことによって、伝統的な奏法でシンセサイザーを扱えるようになり、ミュージシャン達に受け入れられていったのですが、モーグ博士たちは本来自由な音を創造する楽器であったシンセサイザーが「我々の手に戻ってきたときには、鍵盤の調性に支配されていた」と述懐します。
  • Minimoog Voyagerの製造現場の映像。一つ一つ手作りで作られていて家内制手工業の趣きが漂います。そこに登場したモーグ博士がカメラに向かって解説しながら手にした基盤をばんばん叩いていて、そんなに乱暴に扱って大丈夫か?と思わず心配になってしまいました。
  • モーグ博士の菜園も出てきます。小さいトマトや大きな唐辛子が植えられているのですが、もう少し手入れした方がいいのでは?しかし、博士の菜園に関する語りもけっこう熱い。
  • 多くのミュージシャンの演奏シーンが差し挟まれますが、Rick Wakemanは「Catherine Parr」で派手なMinimoogソロを聴かせ、またKeith EmersonはモジュラーMoogでインプロビゼーションでしたがコード進行から「Aquatarkus」と思われます。ちなみに2人とも若かりし頃ではなく現在の映像なので、Keithはナイフを振り回したりしないし、Rickはカレーを食べてもいません(謎)。
  • そのRick Wakemanが最初にMinimoogを手に入れたときのエピソードが笑えます。ある映画俳優から「壊れているから半値で」と言われてとにかく触ってみると、新品同然でどこも壊れていません。Rickが俳優に正直に「壊れていないよ」と伝えると、俳優曰く「そんな馬鹿な!だって1音しか出ないんだ」(注:Minimoogはモノフォニックシンセであり、1音しか出ないのは仕様です)。
  • テルミンの演奏シーンも出てきます。私にとってはテルミンはJimmy Pageがライブの「Whole Lotta Love」でレス・ポールを背中に回し、怪しげな手つきでウォ〜ンと鳴らすあれでしかなかったのですが、熟達した奏者の手にかかればかなりしっかりと音程をコントロールできることを知って驚きました。そういえば先日見たテレビ番組で、マトリョーシカの中にテルミンを組み込んで人形の後頭部に手を近づけることで操作するマトリョミン(!)なる奇怪な楽器を紹介していたのも思い出しました。これもモーグ博士の会社で製造しているのでしょうか?まさか……。

最後の方で、モーグ博士が「(私が書いた)回路図が実際の回路になったとき、楽器は私自身の記録となる」と語る場面が、なかなかいい感じ。事前の予想では、モーグ博士は浮世離れしたマッドサイエンティスト系なのかと思っていましたが(そういう要素も皆無ではありませんが)、この映画に見るモーグ博士は、ちょっと不器用で純粋な心をもったロマンティストでした。そして映画館の中に置かれていた、モーグ博士の最新の「記録」である実物のMinimoog Voyager!ピッチベンド / モジュレーション・ホイールやパネル上の文字がブルーのバックライトで美しく輝いており、思わず1台欲しくなってしまいました(しかしお値段は40万円以上……)。