遺跡

2005/10/28

『アンコール・王たちの物語』を読みました。これは、Sophia Mission(上智大学アンコール遺跡国際調査団)を率いて40年以上、カンボジアの不安定な政治情勢の中でもたゆむことなくアンコール遺跡群の調査と保護に尽力し続けてきた著者・石澤良昭氏が、主として碑文の記述を素材にアンコール王朝の歴史を概説した本です。

この本の中では、8世紀にジャワのシャイレンドラ朝からの独立を果たした王朝の始祖ジャヤヴァルマン2世、扇状地であるアンコール地方の水利施設の嚆矢となったバライ(貯水池)「インドラタターカ」を9世紀に建設したインドラヴァルマン1世、12世紀のアンコール・ワット造営者として歴史に名を残したスールヤヴァルマン2世(しかしその最期は戦乱の中での行方不明)、その後チャンパー軍に占領されていたアンコール地帯を解放し、大都城アンコール・トムと多くの寺院の建設、東南アジア各地に伸びる王道と石橋の整備によってアンコール朝の中でも最も輝かしい王とされるジャヤヴァルマン7世(表紙の写真)など、さまざまな王がとりあげられ、その事跡が活き活きと記されていきます。これらの王たちは単純な直系相続であることは稀で、多くの場合は実力行使を伴う権力奪取の戦いによって王宮は荒廃し、王位継承の後には自身の王権の象徴となる都城・王宮・国家鎮護寺院の3点セットの建立が必要だったそうです。また血統によらない王権の継承が受容され続けた理由の一つには、世襲的に即位の祭儀を執り行ってきた宗務者家系の存在もあったようです。

ともあれ、13世紀には西はチャオプラヤー川の彼方から東はメコンデルタを経て今のベトナム中部、北はビエンチャンまでを王道によって結合し東南アジアの大半を支配下においたアンコール王朝のかつての栄華の記録をこうして読むと、かつて見た夕日にオレンジ色に染まるアンコール・ワットの、美しくも無常感を漂わせた偉容が思い出されます。

なお、著者の筆致はお世辞にも流暢とは言えないのですが、あとがきに記された著者のアンコール遺跡への思い、内戦で失われた年月の間の自然の猛威や村人による盗掘・破壊による荒廃から遺跡を守り、その仕事をカンボジア人自身の手に引き継いでいきたいと訴える著者の焦燥にも似た決意が、読み手の心を打ちます。