沈没

2009/09/26

8月に栂海新道を歩いたとき、入山は栂池から白馬大池でした。そのときふと思い出したのが、小松左京の『日本沈没』。ストーリーのほとんど最後の方で、主人公の小野寺が逃げ遅れた若者たち(=沈没前に北アルプスに最後の別れを告げたいと禁を犯して後立山連峰に入ったアホ登山者)の救出活動を行い、噴火活動に巻き込まれたのが、まさにこの辺りです。そこで久しぶりに読んでみるかと『日本沈没』をAmazonで購入。

帯の写真は草彅くんと柴咲コウですが、私にとっての小野寺は本郷猛……じゃなくて藤岡弘、玲子はいしだあゆみ。それはともかく、いま読んでみても非常によくできた小説で、列島沈没のSF的メカニズムや災害発生時のパニック描写のみならず、国民の海外総脱出に向けた国家機構の動きなども綿密に考証され、間然するところがありません。そして最後の田所博士と渡老人の対話に示される日本列島と民族への愛情の吐露が、泣かせます。

ところが、この『日本沈没』を購入した私にAmazonが勧めてきたもう一冊がなんとこちら、筒井康隆の『日本以外全部沈没』です。筒井康隆といえばブラックなユーモアに彩られたSF(?)で一世を風靡したかと思えば、正統派ジュヴナイル『時をかける少女』の作者でもあり、さらには俳優として映画や舞台にも出たりする奇才。その彼が小松左京の了解を得て書いたパロディ短編は、

地球規模の地殻変動で、日本を除くほとんどの陸地が海没してしまった。各国の大物政治家はあの手この手で領土をねだり、邦画出演を狙うハリウッドスターは必死で日本語を学ぶ。生き残りをかけた世界のセレブに媚びを売られ、すっかり舞い上がってしまった日本と日本人……。

という破天荒で皮肉のきいたもの。例によって一人称の「おれ」が友人たちと飲んでいる騒がしいクラブが舞台で、そこに集っている客はポンピドーやインディラ・ガンジー、ニクソン、蒋介石に金日成、ブレジネフ。かと思えばステージではシナトラがたどたどしく「赤城の子守唄」を歌い、ディーン・マーチンがサントリーのダルマを注文して断られ、そして名だたる女優たちも身体を売って生活をし、ともう無茶苦茶。しかし、そこにぐでんぐでんになってやってきた田所博士の口から、驚愕の事実が告げられて……という話です。まあ、それにしてもよくこれだけ詰め込んだものと思えるほど大勢の著名人を、筒井康隆特有のテンポのよい文体で手際良く短編の中に詰め込み、きちんとオチ(しっぺ返し)をつけた練達の技には感心するばかり。

この短編集には本編の後に登場人物の詳細な解説が付記されていて、こちらはすこぶる真面目な内容なのですが、2人の有名な架空人物に限っては次のような説明がなされています。

ゴドー 正体不明の男。姿を現したことがない。
田所博士 地球物理学者(中略)小林桂樹や豊川悦司に似ている。

ほかに、過激派をおちょくった「日本列島七曲り」「新宿祭」、農協ツアーをネタにした「農協月へ行く」など、1970年前後の世相を感じさせるスラップスティックコメディ10編を収録。