蓮蹴

2009/09/19

私がずっとウォッチし続けているブログに、現代音楽作曲家の福田陽さん(「くれるぼ」というハンドルネームも使っておられましたが、今は使っていない模様)の、その名もずばり『プログレを語ろう』があります。特集ものとしては「ELPの原曲」シリーズと「スプーキー・トゥースに光りを!」シリーズがありますが、それらを除けばさまざまなプログレの作品を1枚ずつとりあげて紹介するというもの。広範な知識と音楽家ならではの感性を穏やかな語り口に包んで、慈しむように作品を紹介するスタイルが大好きで、不定期ながら毎回の更新を楽しみにしているブログです。

さて、ここで先日とりあげられたGordon Haskellの『It Is and It Isn't』(1971年)が気になって、購入してみました。このCDの内容の紹介に入る前に簡単にGordon Haskellの来歴を説明すると、プログレファンなら誰でもご存知の通り彼はKing CrimsonにGreg Lakeの後任として加入したボーカリスト兼ベーシストで、その声は『In the Wake of Poseidon』(1970年)収録の「Cadence and Cascade」と続く『Lizard』(同)の全曲で聴くことができます。

『In the Wake of Poseidon』は前作『In the Court of the Crimson King』のツアー中にIan McDonaldとMichael Gilesがバンド脱退をRobert Frippに告げ、Greg LakeもEmerson, Lake & Palmerの結成を決めていたというバンド崩壊寸前の時期に、(契約上の理由から?)「レコーディングだけでも」という説得でIan McDonaldを除くメンバーの協力を仰いでやっと完成にこぎ着けた作品。ただし「Cadence and Cascade」はGreg LakeがEmerson, Lake & Palmerのツアーに出ることになったためにボーカルを入れることができず、代役として白羽の矢が立ったのが、かつてRobert Frippとバンドを組んだこともあるGordon Haskellでした。

続いてGordon Haskellを正式メンバーに迎えて制作されたのが、こちらの『Lizard』です。Mel Collinsの美しいフルートやKeith Tippetの多彩なピアノ、YesのJon Andersonのゲスト参加、それにメロトロンとVCS3の活躍もあって聴きどころは随所にあり、楽曲もよく作り込まれていて決して悪い出来ではないのですが、Gordon Haskellのボーカルのスタイルがロック向きではないことへの違和感はどうしても拭えません。そして、アルバム完成後のツアーに向けたリハーサルの途中で、Gordon Haskellはバンドを脱退してしまいます。その理由は『Lizard』のライナーノーツによれば「21st Century Schizoid Manのキーに関するRobert Frippとの口論」とされていますが、やはりGreg Lakeとは大きく異なるボーカルスタイルへの不満がRobert Frippにあったということなのでしょう。このときの2人の確執はよほど大きかったらしく、後にKing Crimsonがベスト版ボックスセット『Frame By Frame』をリリースしたとき、「Cadence and Cascade」のボーカルをAdrian Belewに差し替えてリミックスしたほど。声が気に入らないという情緒的な理由以上に、印税を渡さないという現実的な効果を狙った措置なのでしょうが、そこまでするならこの曲を収録しなければいいのに……。

そのようにしてKing Crimsonを去ったGordon Haskellが制作した2枚目のソロアルバムが、今回の主題である『It Is and It Isn't』です。なるほど、Gordon Haskellがやりたい音楽はこういうものだったのか、というのが聴いてみての感想。アコースティックギターの味わいを活かしたフォーク調の曲も多く、なんというか、ヘタウマ系ボーカルと印象的なメロディが妙に耳にこびりついてくる、かめばかむほど味のあるアルバムです。コンポーザーとしてのGordon Haskellの力量はこのアルバムでも実感することができますし、実際に彼はその後も息の長い活動を続けていて、2002年には全英2位のヒット曲も出しているのだとか。そこで、この『It Is and It Isn't』を聴いた後でもう一度『Lizard』を聴きなおしてみると、どうやらこれはあまりにも不幸な取り合わせだったということがわかります。このアルバムではRobert FrippとPete Sinfieldが作曲とプロデュースを掌握していて、Gordon Haskellには音楽的に貢献する余地が与えられていなかったのではないでしょうか。おまけに、King Crimsonの歴史の中で『In the Court of the Crimson King』から『Red』に連なる系譜の上に『Lizard』をプロットしようとするから、ボーカルが弱いとかなんとか言われてしまうわけですが、純粋にこの1枚だけをとりあげて聴いてみれば、これはこれで「あり」と思えるのです。

なお『プログレを語ろう』の記事にも書かれているように、『It Is and It Isn't』でベースを弾いているのはKing Crimson加入前のJohn Wettonで、彼はオルガンとバッキングボーカルも担当しています。ベースの音はこもり気味で後年の歪み系ブリブリベースとはまるで傾向が違いますが、ベースラインはなかなかに美しく、ベースを歌わせるベーシストとしてのJohn Wettonの本領は、このアルバムでも存分に発揮されています。