再録

2013/11/06

人が読んでいるのを見て自分も読みたくなり、Amazonで即刻注文した『山本美香という生き方』。

山本美香さんは、アフガニスタンやイラク、チェチェンなどの紛争地に入ってリアルな情勢を日本に紹介し続けたジャーナリスト。公私にわたるパートナーである佐藤和孝氏と共に15年以上に渡って続けた取材活動の主眼は、戦争そのものの報道よりも、そこで暮らす市井の人々の姿と、そこから見えてくる反戦の願いを汲み取ることでした。タリバン支配下のアフガニスタンでの元女子大生たちの秘密英語教室、男尊女卑のパキスタンでの凄まじいDV被害の実態……2003年、フセイン政権終焉のバグダッドにあっても、米軍の攻撃の巻き添えになった一般市民の悲しみや怒りにシンクロする取材を続けていた彼女はしかし、自分たちが泊まっていたホテルの部屋のすぐ近くで取材を続けていた戦友とも言うべきロイターのジャーナリストたちが米軍戦車の砲撃を受けたとき、救助のために彼らの部屋に飛び込んでゆきます。そして……。

拾い上げたビデオカメラをつかんで、無意識の内に窓際にカメラを向けた時、ワリッドさんが倒れているカメラマンを仰向けにした。
「よせ、触るな」ボスが怒鳴る。
遅かった。仰向けにされたカメラマンのお腹は、ぱっくりと開いていた。中からは内臓が飛び出しもうどうにもならない状態だった。 「無理だ。ひど過ぎる」ボスの声は沈んでいた。
「だめだ。もう映さない」私は、泣きながら叫んだ。目の前で無惨な姿で死に行くカメラマンを見て冷静になどなっていられなかった。もうだめだ。あんなにひどければだめだ。誰がやったんだ。誰がここを攻撃したんだ。

ジャーナリストとしては撮影を続けることが使命だったかもしれませんが、山本美香さんはそうしなかった。それもまた、彼女の報道人としてのありようだったのでしょう。

2012年8月20日にシリアのアレッポで山本美香さんが政府軍の突然の銃撃を受けて亡くなったとき、報道各社がかなり大きくその事件を取り上げ、そのことによって私は初めて山本美香さんの名前を認識しました。被弾9発、特に頸部の銃創が致命傷となって命を落とすことになったことは広く報じられている通りですが、そこに至るまでの彼女のジャーナリストとしての歩みを大きく振り返ることができるのではないかと思い、この本を手にしたわけです。

しかし残念ながら、評伝としてはこの本の出来はイマイチでした。

衛星放送局の記者としてのスタート、佐藤和孝氏との出会いとジャパンプレスの立上げ、アフガニスタン、イラクでの長期滞在取材。テレビのキャスターとしての活動と教壇での講師活動。そして、アレッポ。彼女の生涯を時系列で追っているかたちになってはいますが、全269ページのうち真ん中の180ページが山本美香さんの著書『中継されなかったバグダッド』の再録。うーん、それはどうなんだ?そしてその前後を主として佐藤和孝氏へのインタビューの再構成で薄く挟むという体裁です。

現地のリアルな情報を吸い上げる佐藤・山本ペアに対し日テレが大局的な情報を提供してリアルタイムに相互連携していた様子がよくわかって、なるほど紛争地取材というのはこういうシステムで成り立っているのかと認識を新たにした部分も確かにあるのですが、クライマックスというべき山本美香さんの最期の模様を客観的に説明する記述はほぼ含まれておらず、山本美香さんの殉職は所与の事実として扱われているために、記憶の風化に耐え得るドキュメンタリー性を自ら放棄したような作りになってしまっています。もちろん興味本位に遺体の写真を扱うような編集方針を是とするわけではありませんが、一面でジャーナリスト仲間の「感傷」が勝ってしまったような本書の構成には、少々落胆しました。

いつか、誰かの手で、しっかりした評伝が出版されることを願ってやみません。