塾長の備忘録

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私=juqchoの日常の雑感を不定期に綴る、個人的な備忘録。

家頁

2016/05/02

寒川治雄氏の『71歳のホームページ』を読了。

著者は私の同僚F女史のお父さんで、徳島県で長年にわたって教職にあり、視聴覚教育の実践で先駆的な成果を挙げた後、二つの小学校の校長を経て1991年に引退された方です。リタイア後も著者は、陶芸にはまったりパソコンクラブを立ち上げたりとアクティブに活躍しておられましたが、その過程でご自身が2001年に開設したサイトが、本書のタイトルにもなっている「71歳のホームページ」。このサイトのことは数年前にF女史に教わっていたのですが、昨年3月に本になっていたということをつい最近知り、読んでみたいと言ったところ連休中の課題図書として渡されたという次第です。

本書は、ホームページ中の多彩なコンテンツの中から、過去の思い出を書き記した「つれづれ」に含まれていた自身の生い立ちや幼少時、少年兵時代のこと、「つれづれ」の一部ながらそれ単体で大きなボリュームを占める「子育て奮闘記」、そして「旅の思い出」のうちのいくつかを収録したものとなっています。文体は口語的な柔らかさと文章としての堅牢さのバランスがとれていて大変読みやすく、休日の午後の半日を喫茶店での読書にあてることで一気に読み通すことができました。

まず興味深く読んだのは、著者の祖父母からご両親、そしてご自身に至るまでの寒川家の軌跡と、そこでの著者の幼少時の農村暮らしの様子を描く「生い立ちの記」「むかしの遊び」。いわば自分史の前史から初期にあたるこれらの章のつくりは日本経済新聞の「私の履歴書」を彷彿とさせるのですが、農村・農家の暮らしの細部が具体的に描写され、釣りやセミ取り、貝独楽、面子などの子供の遊びにおけるノウハウも記録的な価値があって貴重です。読んでいるうちに私の祖父母(父方も母方も)の家のつくりや田舎の自然に満ちた環境などを思い出して、懐かしい思いがしました。また、収録順は「生い立ちの記」の前に置かれていますが、10代半ばになった著者が少年兵として体験した戦争の情景を記述した「少年志願兵」も、ショッキングな内容でした。直接の戦闘はないものの、いくつかの事故によって仲間たちの死(抽象的な死ではなく、リアルな死体)と向き合った体験は、著者の死生観に大きな影響を与えたと言うことですが、自分の死生観を揺さぶるほどの事柄に出会っていない自分は、やはりこの世代の人たちに太刀打ちできない脆弱さのようなものを自身に感じてしまいます。

本書の中ほどにあるのが、いわばF女史を主人公とする「子育て奮闘記」です。職場結婚〜共稼ぎの中で生まれた長女=F女史は、元気にすくすくと育っていると思っていた生後1年頃に小児麻痺に罹患してしまいました。著者は「どうしてこの子が」と一時は絶望的な気持ちになったそうですが、それでも親子で懸命の治療とリハビリを続けます。そして、やがて利発な女の子に育ったF女史が、ついには足の不自由を克服し、小学6年生のときにバレエの舞台でソロを踊るに至るまでのさまざまなエピソードが、とりわけ情感のこもった筆致で綴られていて胸が熱くなります。F女史の幼少時の写真も何枚か掲載されており、中でも3歳頃(?)の立って三味線を持ってニコニコしている写真はなかなかにキュート。なにげに弥生人風だけれど目がぱっちりして賢そうな顔立ちは現在のF女史を彷彿とさせるものがありますが、それよりも著者が次女(F女史の妹さん)との対比で長女=F女史のことを家庭学習をしている時、姉は私との激しい質疑応答の中から、答を見つけ出すタイプと評しているくだりは、現在の職場におけるF女史対策において極めて有益な参考情報であると思われました。なるほど、合意形成に先立って「激しい質疑応答」を前置する特性は、三つ子の頃からだったのか……。

「旅の思い出」からは、教職リタイア後数年たってからのアメリカ旅行とスペイン旅行の記録が収録されていますが、旅先の様子よりも、さすが元教育者だけに好奇心旺盛で分析癖のある著者の個性が際立っていて、これまた面白く読むことができました。アメリカ旅行は旅先からF女史へのメールがそのまま旅行記になっており、かたやスペイン旅行の方は帰国後にアルバムを作って2人の娘さんに送ったときに付けた「感想文」がベースになっていて、いずれも著者の発信力の高さと娘たちに対する慈愛の深さを示しています。

ホームページからの転載はここまでですが、本書にはその後に書き下ろしの「それから」が収録されています。退職後、陶芸に熱中し10年続けて相当の腕前になったものの、怪我により継続できなくなったこと。県のシルバー大学校のOB会でパソコンクラブを作り、そこからホームページ作りに精を出すようになったこと。最愛の奥様をC型肝炎で失ったこと(このくだりはほろりとしました)。そして、ケアマネージャーの勧めに従い施設に入って、新たな生活のリズムを組み立てたところで、本書は終わっています。

記事のすべてが興味深く、面白く読み終えられたのですが、一方でうーんと考え込んでしまいました。著者は(またはF女史は)、なぜホームページを本にしようと思ったのでしょうか?確かに、手に取れる存在となったこの本の醸し出す説得力は圧倒的ですが、一方で、一度かたちにしてしまえばそこで完結してしまい、加筆も修正もできません。つまり本を出すということは、終止符を打つということに通じます。この点に関して、本書の「はじめに」には筆者自身の戸惑いを示す次のような記述があります。

ホームページを見て、娘たちからこれを本にしたらどうですかという提案があった。最初はなんだか逆方向のように思って抵抗があったが、最近になって「本にしてみようか!」という気持ちが起こってきた。(中略)本になると、読んでくれる層がホームページとはまた違うので、いくらかの期待を持っている。

この「なんだか逆方向」という感性がまずもって素晴らしいと思いましたが、それはそれとして、個人が作成するホームページは、明確な特定主題を持つサイトでない限り、オープンエンドシステムのルールに従います。つまり、作成者が発信の意欲と能力を維持し続ける限り、終わりが来ないということです。しかし、実際にはサイト「71歳のホームページ」は2009年1月(著者78歳?)で更新が止まってしまいました。その理由は、2008年から並行運用されていた著者のブログによれば、頚椎の異常のためにドクターストップがかかってパソコンから離れざるを得なくなったことだそうですが、本書を上梓するに際して書き足された「それから」の部分はiPadを用い、iOSの音声認識機能を使用して作成されていますから、たとえキーボードが使えないとしてもホームページを更新することはできそうです。テクノロジーの進化が人間の身体的能力の不足を補完してくれる好例と言えるでしょう。

もしかすると本書製作の動機は、2009年以来発信することから遠ざかった父親に、娘たちが「本を作る」という作業を通じて創作能力を再び発揮できる機会を提供したかったということなのかもしれません。そして、その製作過程での父親と娘2人の共同作業を通じて発揮された家族の絆は、宝物のようであったことでしょう。とは言うものの、同じ個人サイトオーナーとしての私は、本書の出版をむしろきっかけとして、著者にホームページまたはブログの更新を再開していただきたいと期待します。そして、ホームページを再始動する意欲はあるのか、再開するとして記事にできるだけのインプットを日々の生活の中で得られているのか……といったところを、かなうことなら著者に伺ってみたいものだと思いながら、本書を閉じました。

しかし、それでもやはり著者のことが羨ましく思えます。私のこのサイト(juqcho.jp)にも、それが何年後になるかはともかく、いずれ必ず運用を終了する日が訪れますが、著者のように親孝行で行動力のある娘たちを私は持っていないので、その役割を終えた後のこのサイトのコンテンツたちは一時的にGoogleのキャッシュの中にのみ残り、そして、それらもいつしか永久に失われる運命にあるからです。

なお、著者は昭和5年生まれ、私の父は昭和6年。著者は徳島、父と母は愛媛の生まれ育ち。幼少時の暮らしぶりには共通する部分があるかもしれないと思い、Amazonのギフトで本書を実家に贈ることにしました。次に実家に顔を出したときには、両親にも本書の感想を聞いてみるつもりです。