月即
2018/01/10
さて、大変久しぶりの「世界の料理」シリーズ。前回はそれまでの東欧シリーズを離れてブラジル料理でしたが、今回は中央アジアに飛んでみました。
訪れたのは日本橋「アロヒディン」。こちらはロシア料理・トルコ料理・ウズベク料理の3種類を出すお店ですが、メインはお店のオーナーシェフの出身国であるウズベキスタンの料理ということになるようです。ちなみにアロヒディンとは「アッラーの宗教」という意味であり、オーナーの父上の名前でもあるそうな。
店内はこじんまりとした一間20数席。壁に掛かった絨毯や絵がやはり中央アジア風です。壁の赤とテーブルクロスの青の対比も鮮やかでいて、しかし少しくすんだ色合いなので落ち着きが感じられます。
注文した「ウズベクコース」の最初に出てきたのは、2種類のサラダ。この後でもたくさん出てくる人参のサラダと、トマト・きゅうり・玉ねぎのサラダです。きゅうりは中央アジアでもとれるのか?と思ったら、実はきゅうりは紀元前4,000年のメソポタミアで盛んに栽培され、シルクロードを通って日本に渡ってきたので「胡」瓜という字が当てられるのだそう。
食べ放題のパンは平べったく、中央に飾り文様あり。そして羊肉と根菜・豆を使ったスープ=ショルパ。穏やかな味わいに癒されます。
肉と人参の炊き込みご飯「プロフ」はウズベキスタン料理の代表格。ただし、ウズベキスタンの中でもブハラがプロフの本場であるようですが、この店では「サマルカンドプロフ」と呼んでいますので何か違いがあるのでしょう。そして、ここまで出てきた料理はどれも上品な味わいで、逆にちょっと物足りなさを感じなくもなかったのですが、「シャシリク盛り合わせ」と名付けられた肉の串料理はボリュームたっぷりの上に香辛料もよく効いた一品で、この一皿で一気にお腹いっぱいになりました。「シャシリク」というと本来はロシア料理でのバーベキューのことですが、この店で出てくるのはオーナーシェフがかつて働いていたトルコ料理店で学んだものということで、実態としてはケバブになるようです。
ちょっとお腹が苦しくなったところで、お茶を注文しました。葡萄の絵柄がこれまた中央アジアらしいティーポットに入ったお茶は緑茶で、日本人にはうれしいさっぱりした味わいです。そしてデザートはシューの中に密度の高いアイスクリーム。かかっているのはグレナデン・シロップ?
最初のうち気になったあっさり感も、終わってみれば大満足。肉や野菜の旨味を最小限のスパイスで引き出すのがウズベキスタン料理のコンセプトなのかも。というより、最初から濃厚ギトギトだったら最後までもたなかったかもしれません。ウズベキスタン料理では麺も重要な位置を占めるようですが、この日のコースには含まれていませんでした。もっとも、これだけ食べた上でさらに麺を食べるのはtoo muchであったと思いますので、日を改めてランチで試してみたいと思います。
最後に地理の勉強です。ウズベキスタンはカスピ海の東、かつて西トルキスタンと呼ばれた地域にあり、タシケント、サマルカンド、ブハラと言ったシルクロードの交易都市を擁しています。そして、これらの都市名から思い出したのは、高校生の頃に読んだ井上靖の『西域物語』です。これは著者の1965年と1968年の西トルキスタン旅行の紀行文で、上記の都市を訪ねた旅の模様を綴りながらその歴史を振り返るうちに筆致が時空を越え、張騫、李広利、玄奘、アレクサンドロス大王と戦ったソグド人武将、チンギス・カンと戦ったホラズムの若い王ジェラル・ウッディン、チムールの孫で悲劇の文人君主ウルグ・ベクといった人物たちが著者によって描かれ、あるいは自ら西トルキスタン諸国家・都市の興亡を語り出すという不思議な本でした。
今回ウズベキスタン料理を食したことをきっかけに、数十年ぶりに本棚から『西域物語』を引っ張り出したのですが、当時この本を読んで憧れた中央アジアの国々にいまだに足を運べていないことを改めて思いました。いわゆる西域の中ではトルファン周辺を訪問してはいるのですが、いつかは時間にゆとりのある旅をして、タリム盆地の南端をかすめる南道の遺跡群や、さらには『西域物語』に描かれた諸都市を訪ねてみたいものです。