孤登

2019/09/11

私がヨセミテ国立公園を訪れたのは2017年8月のことですが、その2カ月前の6月3日に行われたアレックス・オノルドによるエル・キャピタンのフリーソロ(ルートは「フリーライダー」)という偉業は『メルー』のジミー・チンによって撮影され、映画『フリーソロ』としてアカデミー賞(長編ドキュメンタリー部門)を受賞していました。おかげで同じエル・キャピタンを舞台とした『The Dawn Wall』が日本で公開されなかったのに対し、本作品は今年の9月6日から日本各地でも上映が開始されており、遅ればせながらこの日、私もヒューマントラストシネマ渋谷で見ることができました。

上映時間100分のうち終盤の20分ほどが「フリーライダー」の単独登攀の場面になっていますが、映画は適度にアレックス・オノルドのヒューマン・ヒストリーを交えながらも、主としてフリーソロ実行に向けたさまざなトレーニングの様子を描くことに時間をかけており、クライミング映画として密度の濃い内容になっています。アレックス以外の主要な登場人物は3人おり、その1人は撮影チームを率いるジミー・チン、1人は今回のフリーソロに向けたトレーニングを支援するトミー・コールドウェル、そしてもう1人がアレックスの恋人であるサンニ・マッカンドレスです。

この映画の中盤は、アレックス自身とこれら3人のそれぞれの葛藤を描くことに力が注がれています。

ヨセミテでの継続登攀やスピード登攀、パタゴニアでのフィッツ・トラバースなどでパートナーとなった歴戦のクライマーであるトミーも、フリーソロに挑んだ者がみな死んでいった(ジョン・バーカー、ディーン・ポッター、さらにはあのウーリー・ステックまで)ことに不吉を感じています。またジミーは、目の前での友の墜死を撮ることになるかもしれないというプレッシャーを抱え、さらには撮影クルーの存在がアレックスをナーバスにしてしまう(そのために一度は登攀中断という事態に至る)という深刻な問題にも直面します。そして恋人のサンニは、穏やかで安定した生活を求める自分の価値観と危険を克服することに人生の意義を求めようとするアレックスの価値観の違いに悩み、ときにはアレックスを引き止めようともしてしまいます。

そうした中、当人であるアレックスは、ルート上の技術的な課題をすべて解き明かして「正確な地図」を描き、冒険の要素を排除することに全精力を注ぐのですが、そうした試登やトレーニングの中で二度も怪我をしてしまい、その原因を恋人のサンニに求めようとすらします。

そうしたさまざまな葛藤をくぐり抜けたある朝、アレックスは機が熟したことを悟ってひとりエル・キャピタンに向かい、その動きを察知した撮影クルーもまたルート上に展開してアレックスの一挙手一投足をカメラに収めていきます。ことにルート上での核心部として手に汗握る場面となったのは「ボルダー・プロブレム」と「エンデューロ・コーナー」の二ヶ所。計算し尽くされた膨大な手順を重ねた先に出てくるリスキーな「空手キック」をこなしたアレックスの姿にほっとする間もなく、地上700メートルの疲弊した状態でのストレニュアスなレイバックの継続を強いるコーナーでの圧倒的な高度感に痺れてしまいます。そしてついに最終ピッチを抜けたアレックスがエル・キャピタンの上に立ったとき、アレックス自身よりも、ジミーを始めとする撮影クルーたちの方が重圧から解放されたような表情を見せていたのが不思議に印象的でした。

この映画は、クライミングを趣味としない人でも十分に楽しめる内容に仕上がっており、あらゆる人にお勧めです。ただしヒューマントラストシネマ渋谷はスクリーンが小さく、エル・キャピタンの巨大さを観客に実感させるには力不足でした。とにかくスクリーンサイズの大きな上映館を探すことを、強く推奨します。