霊柩
2020/11/17
佐々涼子『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』を読了。クライミング仲間のエリツィンさん(女性です……)に紹介していただいた本です。
サブタイトルにある「国際霊柩送還士」という言葉から想像がつくように本書は、主に海外で亡くなった邦人を日本へ搬送し遺族に引き渡す(逆に国内から海外へという場合も)仕事を専門に行うエアハース・インターナショナル(以下「エアハース社」)に密着したノンフィクション作品です。
海外で邦人が事件・事故で亡くなった場合、現地で検死等が行われた後に現地の業者の手を経て空路日本に戻ってきますが、死亡した時点で遺体は損傷していることもある上に、ある程度の日数を経た上で帰国することになるために、その間に腐敗が進行することにもなりかねません。腐敗を防止するためにはエンバーミングという措置を施す必要が生じますが、送り出し国の文化によって遺体の取扱いに対する考え方が違うこともある上に、エンバーミングには確立した技術規格が存在しないため、国によって、あるいは業者によってその程度はまちまち。飛行機内の気圧の低さも体液漏れの原因となり、それらの結果外国からの遺体は、時として常識では考えられないような形で戻って
きます。
本書は、東アジアから到着したばかりの柩を羽田空港で迎えたエアハース社のメンバーが柩の蓋を開ける場面から始まります。立ちのぼる強烈な腐敗臭の中で、遺体から漏れ出し続ける体液を長い時間をかけて丹念に吸い取った後に、酸化して変色した肌の色を化粧によって生きていたときのように修復し、そして遺族の元へ送り届けるまでをリアルに描写しきってから、著者は遺体搬送業務の実態(遺体ビジネスの存在も含めて)を紹介しつつ、エアハース社の創業者、霊柩業務の中心人物で本書のいわば主人公となる社長(強烈な個性を持つ女性)、社員たちの仕事ぶりと仕事に向かうその思いを順に記録してゆき、クライマックスにはシリアで亡くなった山本美香さんの遺体の実家までの搬送の場面を置いています。
エアハース社から与えられた取材許可の条件として遺族のプライバシーに関わることとエアハース社のノウハウに関わることは書くことができず、おそらく著者が取材した素材のかなりの部分は本書に盛り込むことができなかった(原稿にまで起こしたものの遺族から掲載許可が得られなかったエピソードがあったことも率直に書かれています)ために、やや情緒的なまとめ方になっていて歯がゆい思いをする部分もないではないのですが、それでも徹頭徹尾描かれ続けるエアハース社の社長の使命感には圧倒されるものを覚え、そして、随所に差し挟まれる現場の描写には迫力があり、またエアハース社の処置によってきれいになって戻ってきた亡骸に接して涙しつつ感謝の言葉を述べる遺族の姿には読みながら目頭を熱くしながら、ほぼ一気呵成に読み終えました。
なお「国際霊柩送還」というシチュエーションからは離れますが、それでも次の二つの事柄は、本書に書かれていることを身近なものに感じさせました。
ひとつは、山友・ひろた氏の葬儀での体験です。ひろた氏は単独での沢登りの途中に滝で落ち、そのため遺族が確認をしたときには顔ではなくふくらはぎの傷痕で同定したということでしたが、葬儀の際に柩の中に横たわっている姿は、片目を包帯で覆われてはいたものの生前の姿を偲ばせる顔立ちに戻っていました。そこにはエアハース社と同様に、彼を送る人々に故人の元気だった頃の姿を再現してみせようと修復の技術を駆使してくれた専門家の存在があったのだろうと改めて気づきました。
もうひとつは、父の急死です。仔細は省きますが、命の火が消えてゆく父を11月11日に病院で看取り、本書を読み終えた今日が葬儀の日。期せずして「死」を扱う仕事について書かれた本を読んでいたことが、自分にとって最も身近な肉親の死を受け止めることの助けになったような気がします。
こうした私個人の体験や境遇を抜きにしても、本書は広く一読をお勧めしたい良書でした。この本の存在を教えてくださったエリツィンさんに感謝です。