塾長の備忘録

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私=juqchoの日常の雑感を不定期に綴る、個人的な備忘録。

道標

2023/11/01

今日(11月1日)は「古典の日」。国立能楽堂で開場40周年記念シンポジウム「古典に親しむ〜能楽の道標〜」を聴講しました。

構成は最初に日本文学者のロバート・キャンベル氏の基調講演があり、次に梅若紀彰師による仕舞「砧」、そしてこの国文学研究資料館名誉教授の小林健二氏を司会としてこのお二人との鼎談での座談会となります。

秋晴れの国立能楽堂の舞台には、異様な風体の女性の姿が……。般若面を掛け打杖を振り上げて白い着付に緋大口の彼女は、国立能楽堂開場40周年記念キャラクター「はんにゃちゃん」。「葵上」の後シテである六条御息所の生霊をモチーフとしたものでしょうか。まず「取り残されたものたちの記憶と物語」と題した基調講演は、意外な内容でした。ロバート・キャンベル氏の専門は江戸中期から明治期にかけての日本文学ですが、この時代の文芸作品(たとえば浮世草子)の多くは本説として能を下敷きにしていること、そのポイントになるのは「別離」「待つ」「記憶を語る」の三点であり、ことに最後の一点は他者に語り継ぐと共に語り手のカタルシスにも通じ、そのことが日本において魂を鎮めるための曲が多く創られている背景であるという前フリを置いて、そこから紹介されたのはキャンベル氏が翻訳を進めているウクライナの戦争被災者の証言集『戦争語彙集』(本年12月発刊予定)です。この証言集にはウクライナの詩人オスタップ・スリヴィンスキー氏が採取した証言が数多く収められており、これらの中に室町時代から戦国時代にかけて書かれ武士階級に重んじられた能と通底するものがあるというのがキャンベル氏の言でしたが、紹介された三篇はいずれも声高に戦争の悲惨を叫ぶものではなく、短く淡々とした述懐の中に戦争がもたらした非日常が仄めかされているという色合いのものでした。それらは、おおよそ次のようなものです。

手紙
防空壕用の荷造りの際に、かつて任地から送られてきていた夫からの手紙をまとめて入れた。防空壕の中は暗くて手紙を読めないが、それでも一通ずつ取り出すとそこに書かれていたことが記憶の中から蘇る。手紙をもらったときにはあまり返信できていなかったので、頭の中で返事を考えたが、戦争のことは伝えなかった。だって、あちらでは必要ないことでしょう?
私はさまざまな時期にいずれも出ていかざるを得なくなった家の鍵束を今でも持っている。そして、どの鍵がどの錠を開けるためのものかを覚えている。その建物が今でも無事かどうかもわからないのに。でも、どうしても思い出すことのできない鍵束が一つ残っている。思い出せればいいのに。
カナリア
ミサイルが着弾して窓という窓が割れた一軒の家から、カナリアの声が聞こえてきた。きっと家の人たちは防空壕にもぐったまま、戻ってこられなくなったのでしょう。いろいろなことがあったけれど、あのカナリアのことは忘れられない。

たぶん「手紙」の中で夫がいる「あちら」とは、日本風に言えば「彼岸」ということでしょう。他の二篇も含め、確かにここには「別離」「待つ」「記憶を語る」という要素が自然体で織り込まれています。語り手のことだけでなく「そこにいない人」のことを想像させられて、聞いていてじわりとした感動を覚えました。

ついで舞われた梅若紀彰師の仕舞は、端正でいて情感のこもったものでしたが、それだけにこれらの「証言」を聞いた後で見ると、様式化されているはずの能の舞の方がかえって生々しく主人公の悲嘆を伝えてくるから不思議です。

そして休憩をはさんで、まず司会役の小林健二氏から前説として能と古典文学との関係についての簡単な解説がありました。すなわち、まず能の本説としての古典文学というテーマから『伊勢物語』『源氏物語』『平家物語』をとりあげ、『伊勢物語』にはたとえば「井筒」等、『源氏物語』には「葵上」ほか、『平家物語』からは「通盛」ほかを紹介しつつ、作曲に際し世阿弥は『伊勢物語』は原文ではなく注釈に拠っていること、『源氏物語』では憑いたり憑かれたりする女をことさらに取り上げていること(女性の心情を掘り下げるようになるのは次世代の金春禅竹から)、そして『平家物語』は「ことにことに平家の物語のままに書くべし」と言っているにも関わらず実際には複数の典拠から複合させていることを紹介し、さらに本文の中に古典を織り込んでいる事例として「砧」における『和漢朗詠集私注』(蘇武のエピソード)、「隅田川」の『伊勢物語』(東下り)に言及して、能の鑑賞に際し一歩踏み込んで考察することの大切さ、面白さを力説されていました。

その後、キャンベル氏と梅若紀彰師にも舞台に出てきてもらっての鼎談となりました。かなりフリーに会話を組み立てていった感のある座談会でしたが、印象的だった話を順不同で書き留めると次のようです。

  • ウクライナで証言してくれた彼女たちに、明日はどうなるかということを語らせてはいけない。彼女たちは置いてきたもの、取り残したものへの思いが強いのだから。
  • 世阿弥の時代の人たちにとって、鎮魂は切実な問題だった。だから「ことにことに平家の物語のままに書くべし」という言葉には、そうすることが供養につながるという意図があるのではないか。
  • 井上陽水の「傘がない」という歌は、自殺する若者が増えていたりわが国の将来が論じられている中で、自分にとっての切実な問題は今日の雨だと言っている。井上陽水の歌の英訳に際し、他の歌については自由に訳させてもらったのに、この歌のタイトルを「I don't have an umbrella」とした(英語では主語が必要なので)ことだけには注文がついて「No umbrella」となった。井上陽水は「誰かの傘」であってはいけない、あらゆる人にとっての傘だという思いで歌詞を書いたようだ。

もちろんもっと能楽そのものに接近した話題も含まれていて、たとえば「砧」の内容や上演時の面のセレクト、舞台上での囃子方内の力関係、登壇者各人にとって能とは何か、といった話が語られてあっという間に終了予定時刻を回ってしまいましたが、あえて結論めいたものを導き出そうとはせずに、このシンポジウムの主題である「能楽の道標=楽しみ方」のヒントをばら撒いてくれて楽しい座談会でした。また、登壇者三人がそれぞれに素を出して親しみやすいムードを醸し出していましたが、笑いのポイントもあってそうした場面では見所が沸きました。

小林健二氏
レジュメの中で「六条御息所」と書くべきところを誤って「六畳御息所」としたために、六畳一間に住む御息所になってしまった。
ロバート・キャンベル氏
読み物としての能は豊穣な内容。しかし芸能としての能を見るときは爆睡(「まどろみ」と強弁)を許してほしい。
梅若紀彰師
話が苦手なので小林先生との事前のやりとりで難しそうだなと緊張した結果、前夜、国立能楽堂の人から「舞台上で落語をやってくれ」と言われるという悪夢を見た。

なお「はんにゃちゃん」は見ようによっては可愛いと言えなくもないのですが、この日のロビーの「はんにゃちゃん」は短時間でどんどん色を変える照明を当てられて些か不気味でもあり、これを見ると梅若紀彰師ならずとも悪夢を見そうでした。