記憶

Memo 1255 - 母と母の母が見た景色

2026/03/30

春うららかなこの日、母が入所している川崎市の施設を訪ねました。

この施設には月に1〜2回足を運んで母の顔を見るようにしており、おかげで季節の移り変わりを定点観測することができます。たとえば道端のこの小さな雑草の一叢の中にも色とりどりの花が咲いていて、春がたけなわになろうとしていることを饒舌に告げてくれています。

施設のエントランスの桜の木々も満開です。思わぬ花見をすることができてラッキーでした。

さて、この日ここを訪れたのには理由があります。母は愛媛県の生まれですが、母の母(私にとっては母方の祖母)は高知県の梼原町ゆすはらちょうの出身で、車で四国旅行をしている弟夫婦がこの日、そこを訪れて現地の様子をiPhone / MacのFaceTimeで見せてくれるということなので、私がMacBook Airを携えて母のところで待機し、送られてくる映像を受信しようというわけです。

梼原町はGoogle Mapsで見るとこんなところで、愛媛県との県境に近い内陸部にある町です。私はこの日までそこがどんなところか知識がなかったのですが、町の観光協会の公式サイトによれば坂本龍馬が土佐藩を脱藩したときのルートであったり、隈研吾氏の建築が多く建っていたり、近くにカルスト台地があったりと見どころの多いところだそうです。

弟からの映像は、梼原川に架かるこの神幸橋みゆきばし(写真は弟提供)から始まりました。屋根付きの立派な橋の姿はすばらしく、これだけで梼原町の文化水準の高さが窺えます。もちろん母がここを訪れた子供の頃の橋がそのまま残っているはずはなく、現在の橋は2002年に架け替えられたものだそうです。

神幸橋を渡った先は三嶋神社(同上)です。この神社は千年の歴史をもつという津野山神楽を保存しており、龍馬脱藩ルートの入口もこの拝殿に向かって左手にあって、何かと故事来歴のある神社ですが、映像がこの境内に入ると母のテンションは爆上がり。ここは母が生まれ育ったところではなく、母の母の実家のあるところというちょっと遠い位置付けの場所なので、最後にここを訪れてから少なく見積もっても70年以上はたっているはずなのに、画面が神社の中を移動しながら境内にあるあれこれを映し出すたびに「懐かしい」を連発し、「○○ちゃん(いとこ?)と遊びに来てあの石の上に立って叱られた」と具体的な思い出まで語ってくれました。

1時間前にとった昼食の献立は覚えていなくても遥か昔の子供の頃の記憶は鮮明に蘇るというのは自分にも覚えのあることですが、このように何十年も奥底に仕舞い込んでいた記憶がはたして脳のどこにどのような形で保存されているのか、そしてそれをどうやって瞬時に引っ張り出してこられるのか。こうした人の心の動きの不思議さにあらためて感銘を受けましたが、何はともあれ、弟の発案のおかげで思わぬ親孝行ができ、この日は自分にとっても嬉しい一日でした。