馬園
No. 1254 - 映画『ジョン・クランコ バレエの革命児』
2026/03/17
Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下で、映画『ジョン・クランコ バレエの革命児』を観てきました。この作品は、ドイツ地方都市の小さなカンパニーだったシュツットガルト・バレエ団[1]を一躍世界トップレベルに引き上げた天才振付家ジョン・クランコの生涯のうち、主に彼が30代前半でロンドンを追われてシュトゥットガルト(Stuttgart=元々は "Gestüt"(馬の飼育場)の意)へ移ってから45歳で不慮の死を遂げるまでを描きます。監督はヨアヒム・A・ラング、主演はサム・ライリー。

あらすじは次の通りです。
ロンドンの英国ロイヤル・バレエ団やサドラーズ・ウェルズ・バレエ団で振付を手掛け、マーガレット王女との親交も深めるなど新進気鋭の才能として活躍していたジョン・クランコだったが、警察のおとり捜査によって同性愛行為の罪で起訴された。1960年、ロンドンを追われたクランコは、つてを頼ってシュツットガルト・バレエ団で客演することになった。偏見なく自分を受け入れてくれるシュツットガルト・バレエ団に居場所をみつけたクランコは翌年の1961年に芸術監督に就任し、既存の常識にとらわれず、自由な発想で美と情熱を完璧に表現する作品とカンパニーを作り上げていく。斬新な振付の「ロミオとジュリエット」は評判を呼び、プーシキンの原作を基にしたドラマティックバレエの最高傑作のひとつ「オネーギン」は観客を魅了し夢中にさせた。1969年、バレエ団はニューヨークのメトロポリタン歌劇場に招かれ、公演は大絶賛され、シュツットガルト・バレエ団は一夜にして世界の頂点へと駆け上がる。ソ連まで含む盛大な世界ツアーが行われ、まさに絶頂を極めるが、1973年6月26日、アメリカから帰国する飛行機の中で悲劇が起きる。
撮影は主にシュツットガルト・バレエ団の本拠地であるシュトゥットガルト州立歌劇場で行われ、音楽はシュトゥットガルト州立管弦楽団が演奏。現在シュツットガルト・バレエ団のトップダンサーで日本のバレエファンにもおなじみのフリーデマン・フォーゲルがハインツ・クラウス役、エリサ・バデネスがマルシア・ハイデ[2]役で出演し、特にバデネスが全編にわたって見事な演技を見せてくれます。
ストーリーはほぼ時系列に沿ってジョン・クランコの姿を追い続け、創造に打ち込む偉大な(ときに傲岸な)芸術家としての姿と、パートナーの愛情に依存する同性愛者としての脆さとを、それぞれに浮き彫りにしていきます。そしてこの縦軸の堅牢さに加え、なんといっても見応えがあるのはシュツットガルト・バレエ団の現役のダンサーたちが見せてくれるダンスシーンです。まず、クランコの脳裏に浮かぶイメージを可視化したものとして劇場の前庭や森の中で繰り返し踊られる少人数でのダンスが美しく、幻想的ですらあります。かたや創作のプロセスを示す稽古場の風景はリアルで、振付家とダンサーとの対立さえ生じて緊張感に満ちていますが、マキューシオの死の場面を創作するシーンでは幼い頃のクランコが耽溺した人形遊びへのオマージュと思われる劇中劇のような演出が気が利いています。そして、劇場での上演の場面では「ロミオとジュリエット」(舞踏会、バルコニー、二人の死)や「オネーギン」(二つのパ・ド・ドゥ)がバレエの魅力全開で、それぞれ短時間の抜粋にすぎないのに胸が熱くなってきます。
この胸の熱さがどこから来るかというと、常人には信じられない動きを見せるバレエダンサーの肉体が人間の抱える様々な制約を解き放つ可能性を雄弁に物語っているから。そうしたダンサーたちの動きを、カメラが計算し尽くされた視点移動で捉えている点も見事でした。ただし劇中でクランコがダンサーたちに語り掛ける言葉を聞いていくと、ダンスを通じて発露する精神性の重要さがより強調されていて、これこそが「シュトゥットガルトの奇跡」が生まれた理由だったことがわかります。
また、劇中で演奏される音楽も、重要な胸アツの要素であったことは間違いありません。なにしろバレエは「見る音楽」でもあるので。「ロミオとジュリエット」ではプロコフィエフ、「オネーギン」ではチャイコフスキーのシュトゥットガルト州立管弦楽団によるすばらしい演奏を耳にすることができるため、この映画を見るなら音響設備のよい映画館を選ぶことが肝要です。個人的には、ギリシャ人の酒場で踊る場面でテオドラキスのギター曲がかけられていたのもうれしい驚きでした。
もっとも、劇中で州立歌劇場の支配人シェーファーが大胆な主題アウシュビッツを扱ったクランコ作品を観ながらクランコに向かって発した「観客に多くを求めすぎていないか」という問いはなかなか重く、クランコが批評家の酷評に傷つけられる場面も含めて、この作品を単なるサクセスストーリーにはしていません。過剰に飲酒し絶え間なく喫煙し、しばしば主役級ダンサーに思わぬ暴言を浴びせては謝罪し、私生活でも男性パートナーとの関係が破綻するたびに傷ついたりするクランコの複雑な人間性を赤裸々に描いて、しばしば観客を突き放しにかかる点も、この映画に深みをもたらしていました。
映画のラストシーン=エンドロールは夜、クランコの墓碑の前に関係者が集まり、登場人物本人(存命の場合)と演者が二人一組で薔薇の花を献じる場面。エリサ・バデネスと共に献花を行ったマルシア・ハイデは、さすがに老けましたが元気そうでなにより。彼女が踊る姿を見たのがいつのことだったか記録が残っていないので不明ですが、モーリス・ベジャールの「ボレロ」をリチャード・クラガンと二人で踊った舞台[3]が記憶に残っています。
とにかく、ヨアヒム・A・ラングの巧みな作劇とサム・ライリーの説得力のある演技によって、観客も自然にジョン・クランコの生涯を見つめ続けることになり、あらゆる場面で感情を揺さぶられる映画でした。バレエファンはもちろん、普段あまりバレエに親しむ機会を持たない人にも本作を強く勧めたいと思います。
ちなみに私自身は、残念ながらクランコ版「ロミオとジュリエット」も「オネーギン」も全幕では観たことがなく、これまでに観ているのはフェスティバルで「ロミオとジュリエット」から「バルコニーのパ・ド・ドゥ」、「オネーギン」から「鏡のパ・ド・ドゥ」「手紙のパ・ド・ドゥ」、「じゃじゃ馬馴らし」からのパ・ド・ドゥ、全幕ではクランコ版「白鳥の湖」だけ。この映画を見ると、これまでにチャンスがあったはずの「ロミオとジュリエット」全幕と「オネーギン」全幕を見逃していることが悔やまれてきます。次の機会が到来したら、なんとしてもチケットをゲットしなくては。
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おまけとして、いくつか動画を貼っておきます。

