屋根

No. 1253 - 講演会「世界の屋根を歩く グレート・ヒマラヤ・トラバース 5,000km」

2026/03/15

立川のアイムホールで、日本山岳会東京多摩支部主催講演会「世界の屋根を歩く グレート・ヒマラヤ・トラバース 5,000km」を聴講しました。この講演の趣旨は、次の通りです。

「グレート・ヒマラヤ・トラバース」とは、ヒマラヤ山脈の約5,000kmにおよぶトレイルです。ネパールの東端にあるカンチェンジュンガから、インド、バキスタンを横断してK2まで、8000m級の峰々14座の山麓を巡り、標高5000m級の数々の険しい峠を越えます。

重廣恒夫隊長一行は2020年に踏破をスタートし、今年、6年かけて7期にわたる400日間の旅を完了させました。この旅によって日本の登山史の先人たちの偉業を肌で感じることができました。

同時に、氷河の後退、氷河湖の決壊など、気候変動による地球温暖化がヒマラヤの自然環境に与える深刻な変化を目の当たりにし、山奥にまで進む開発の様子や、各国の国境地帯における社会情勢の変化を観察しました。この旅の全貌を講演とトークでお楽しみいただきます。

この「グレート・ヒマラヤ・トラバース」(略称「GHT」)は、日本山岳会が公表している資料において2025年に創立120周年を迎える日本山岳会のこれまでのヒマラヤ登山の足跡をカンチェンジュンガからK2までの5000kmを辿り、これからの新しいヒマラヤ登山を模索する「温故知新」の山旅であると定義されており、その目的と行程をやはり公表資料から抜き出すと次の通りです。

  • 目的
    • ヒマラヤ地域の変遷調査(初登頂時代との比較と環境変化)
    • 探検的ヒマラヤ登山による未踏峰・未踏ルート登山(ヒマラヤ登山塾の実施)
    • 1枚の地図から、夢を描き・計画を作り・実行するチャレンジ精神を、5000kmにも及ぶ長大なヒマラヤ山脈横断という踏査を通じて次代に伝承する
  • 行程
    • 第I期 2020年2月〜5月 東ネパール未踏峰パブクカン試登、コロナ禍による帰国遅延
    • 第II期 2022年10月〜11月 東ネパール氷河湖決壊の踏査、チベット国境上の峠を踏査
    • 第III期 2023年4月〜5月 東ネパールクーンブ、ロールワリン、ランタンエリアを縦断
    • 第IV期 2023年10月〜11月 中央ネパールガネッシュ・マナスル・アンナプルナエリア、ナムン峠往復
    • 第V期 2024年4月〜6月 北西ネパールアッパードルポ、ムグ、フムラエリアを踏査
    • 第VI期 2024年10月〜11月 インドガルワール、ラダック踏査、カンヤツェII登頂
    • 第VII期 2025年6月〜8月 パキスタンバルトロ氷河、K2BC、スノーレークなど踏査、スパンティークC2まで

さて、講演会の方は冒頭に支部会長と日本山岳会副会長の挨拶を置いてから、重廣恒夫氏がスライドショーを元に解説を行い、その後に重廣氏、旅の一部に参加した東京支部長、そして司会の三人によるトークという進行で約2時間でした。

メインの重廣恒夫氏の講演は、ヒマラヤの地理概念と登山史を前振りとしてから自身の登山史とその延長線上にある日本山岳会のヒマラヤ登山史を説明し、その後にGHTの各ステージを順を追って紹介するもの。地図はGoogle Earthを用いて立体的に示されている上に、現地で撮影した写真が豊富なので、山旅の様子がリアリティをもって伝わりました。そこでは山の様子ばかりでなく、氷河湖決壊洪水(GLOF)の痕跡やコロナ禍のために無人と化した中国側の国境検問所の様子、ランタン谷に残るゴルカ地震(2015年)の爪痕、山奥まで進む開発と地球温暖化に伴う氷河舌端の後退の様子、そして、K2のベースキャンプでの在りし日の平出和也・中島健郎両氏の姿と後の慰霊モニュメントに加えられた二人の写真が映されました。

そしてその後のトークでは、地図の不整備によりたいへんな苦労をした峠越えの話や、日本からヒマラヤに通った先達の残した遺産(その中にはフンザの長谷川恒男メモリアルスクールも)、山間地域の生活スタイルの変化と国際情勢が及ぼす影響についての言及がなされた上で、ヒマラヤに赴く日本人が現地に支援という形でお返しをしてきた歴史が、近年のヒマラヤに向かう登山者が減ってきている状況の中で先細りになりつつある現状への懸念を示して締めくくられました。

レジュメに掲載されていた各ステージごとのルート図をつなげてみると、ネパール国内に関してはきれいに各ステージが繋がっており、これにインド区間とパキスタン区間を加えたかたちになっています。国境をまたぐために全体として「トラバース(縦走)」という言葉から想起される一本線を描けていたわけでは必ずしもなさそうですが、それでもその長大さはすごい。

このネパール国内の道のうち、自分がある程度土地勘を持っているのはエベレスト街道だけなので、試みにGHTの軌跡の中からマカルー〜エベレスト周辺の行程(第II期の一部)を抜粋してみました。

上の図の中にある「Imja Tsho」はアイランドピーク(Imja Tse)の南にある氷河湖ですが、そこに東から至る道があるというのはちょっと驚きです。と言うのもアイランドピークはイムジャ・コーラ(川)が流れ出る西南側を除いてぐるっと壁のような山々に囲まれているからですが、そこで思い出したのは2024年にディンボチェの近くのナンカルシャンピークに通じる尾根を登ったときに見た眺めでした。

尾根の途中からイムジャ・コーラ上流のアイランドピーク方向を見通しながら、ガイド・シェルパであるチリンは上の写真の白い線のあたりに峠があることを教えてくれたのですが、こうして見ただけではどこにその峠があるのかさっぱりわかりませんでした。しかし、今回の講演を聞いた後にこのことを思い出してその地域の地図を拡大表示してみると、そこには確かに点線で示された道が書かれていました。

上の図はその道で、このサイズでは点線が読み取れないためにピンクで上塗りしてありますが、こうして見ると、ここに限らず山と氷河しかないヒマラヤ深部に延々と道が作られ、維持されていることにあらためて驚きを覚えます。そして同時に、GHTのメンバーが辿った旅路の厳しさも推し量ることができました。

ところで、GHTの目的の一つに掲げられていた「次代に伝承する」の部分に関しては、参加者が高齢者に偏っていたために十分な評価ができないという趣旨の話を重廣氏がされていましたが、1ステージあたり少なくとも2カ月かかるプロジェクトに参加できるのは社会的責任と家庭責任をある程度免除された層にならざるを得ないでしょうから、これは仕方ないと思えます。また、人数という点ではもはやヒマラヤ登山の主体となっている(と思われる)公募登山隊のありようを日本山岳会がどう評価しているのかという点についても関心があったのですが、「登山のアウトソーシング化」という言葉で言及がありはしたものの、GHTの解説という文脈には直結しないためか、ことさらな説明はなされませんでした。

そんなこんなを思いながら聞いていた2時間でしたが、何はともあれ、ヒマラヤを舞台にした壮大なプロジェクトの様子を垣間見ることができてたいへん有意義でした。