奇跡

2001/02/25

何の気なしに入った書店で目について買ったのが『アポロ13号奇跡の生還』(ヘンリー・クーパーJr.)。タイトルからもわかるように、1970年に月に向かって飛行中だったアポロ13号が酸素タンクの爆発によって月面着陸を断念し、さまざまな苦難の末に無事帰還するまでを描いたドキュメンタリーです。

数年前にトム・ハンクス主演で封切られた映画『アポロ13』について知人と話をしていたとき、私が「あのときのことはよく覚えているよ」と語ったところ相手に「え?あれ実話やったの?」と驚かれたことがありますが、1970年頃に科学オタク少年だった私たちの世代にとっては、アポロ計画やそこで使われたサターンV型ロケットなどは非常に身近な存在で、それぞれのスペックなどもしっかり頭に入っていました。当然、初めて月面に人類を送り込んだアポロ11号の姿や、アームストロング船長の月面での第一声である1人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍であるといったフレーズにも夢中になったもの。そうした中で、アポロ13号について私の記憶の中に残っている印象的なシーンは、大平洋に着水して空母イオウジマにヘリで運ばれた3人の宇宙飛行士が、艦上で出迎えの乗組員たちと共に神に感謝の祈りを捧げている場面でしたが、事故のディテールについては必ずしも十分な知識を得られていたわけではありませんでした。

今回この本を読んで改めて事故の全容を知ることができましたが、地上でのテストの際のミスで配線の絶縁被膜が溶けた状態で宇宙に送り込まれたアポロ13号が、月まであと1日のところでスパークによる爆発に見舞われ、二つある酸素タンクの両方、三つある燃料電池の二つ、2系統ある電力供給ラインの片方を失うという恐るべき事態に陥ったことを初めて知りました。しかも燃料電池はエネルギーと同時に水を供給していたため、極寒の宇宙空間で宇宙飛行士たちは酸素・水・エネルギーの欠乏の中から地球帰還への可能性を探るという窮地に追い込まれたことになります。

アポロ13号の3人の乗組員は、限られた電力を地球帰還のときまで温存するために、本来の居住空間である司令船をパワーダウンして月着陸船に移動し、そのまま月の裏側を回って地球への軌道を辿りますが、本書では宇宙飛行士以上に地上の管制官たちやバックアップチームの事態解決に向けた必死の奮闘ぶりが描かれていきます。特に凄いと思うのは、30代中心の若い管制官たちが、マニュアルが一切通用しないこの危機的事態に対し、実に沈着冷静に臨みながらそれぞれの叡智を結集して対処しており、しかも複数の管制官チームが交代制で完璧な引き継ぎのもとに切れ目なく一貫した支援体制を維持し続けていたことです。

地球上空に帰り着いたアポロ13号の司令船は、着陸船を切り離して降下を始めます。月からここまで宇宙飛行士たちの生命を守り続けてくれた着陸船は大気との摩擦で燃え尽きていきますが、そうした感傷に浸っている間もなく、司令船も大気圏突入時のブラックアウト(通信途絶)に入ります。予定の時間を過ぎて60秒がたっても通信は回復せず、さらに30秒後の管制側からの呼び掛けに対する応答もなく全員が絶望しかけた直後に宇宙飛行士からの応答が届く場面は、実に感動的です。

30年も前の出来事ではありますが、これこそがアメリカの真の力なのだと唸らずにはいられませんでした。