発達
2001/04/08
昨年12月に呑み友達2人が相次いで出産。1人はシングルマザーの道を選び、もう1人は「最初の3日はうれしかったが、その後は夜泣きのたびに『新聞沙汰』もありだなと思うようになった」などと物騒なことを言っています。
そんなこともあって読んだ『ヒトの発達とは何か』(榊原洋一)は、小児科医である筆者が、なぜヒトは歩くのか・なぜ言葉を話すのか、という問題提起から神経系が外界からの刺激を受けて次第に複雑な機能を獲得する過程を解説した、実に興味深い内容の本でした。
ヒトの直立歩行は、発達した大脳を支え手を自由に使えるようにするためには必須の歩行形態ですが、そこに至るまでにはまず首がすわり・寝返り・おすわり・ハイハイ・つかまり立ち・独り立ち・そして独歩という順を追います。これは、
- 自分の意思に従った随意運動が、頭から足の方向へ、体の正中部から末梢部へ広がり
- 脊柱に沿った体の各部分(体節)が他の部分から独立して運動可能になる
過程であると説明できます。そしてこの過程をハードウェア的に見れば、大脳の運動野におけるニューロンのシナプス結合の発達過程としてとらえることができるそうです。このハードウェアの働きの一例を見ると、例えば延髄の中には重力に抗する方向に筋肉を使う細胞群があり、それは上位の大脳によって抑制されていますが、先天 / 後天の障害によってこの連絡が妨げられると、下肢は伸展し上肢は肘を固く曲げた独特の姿勢を強いられることになります。
一方、言葉(有意語の発声)のメカニズムについてはまだわかっていないことの方が多いようです。ただ経験的にわかっているのは、生後3カ月頃からクーイングと呼ばれる発声で親を呼ぶことを覚え始めた乳児が、そこからの9カ月間でヒトに最も近い高等霊長類も到達し得なかったレベルまで一気に駆け上がるということで、その過程においては自由になった上肢の運動能力を使った指さし(ポインティング)に対して親が発する対象物の名前の発音を模倣しようとするプロセスがあり、そこに聴覚野と運動野でのニューロンのシナプスの長期増強固定(記憶)が生じているらしいということ。筆者はここからさらに自閉症のメカニズムへの洞察を加えようとしますが、より原初的な神経回路の機能障害が原因らしいという推測を展開しつつ、結論は今後の解明に委ねています。
本書を通じて明らかなのは、子供がヒトとして発達するための決定的な要因は外界からの刺激であり、その刺激の担い手は親でなければならないということです。冒頭の2人の母親には当分の間大変な日々が続くでしょうが、彼女たちのためにも、両方の赤子の無事な成長を祈らずにはいられません。