産声

2001/03/25

3月24日はMac OS X(マックオーエステン)の発売開始日。Macintoshが世に出た1984年以来初めての根本的なOS改訂です。周知のように、Mac OSは極めて洗練されたGUIといまだに他のOSの追随を許さない強力なグラフィック能力で熱狂的なファンを擁しつつも、メモリ保護、プリエンプティブ・マルチタスク、マイクロカーネルといったいわゆるモダンOSの機能を備えておらず、しかも度重なる機能追加とMotorola68000系チップからPowerPCへの移植を経て「スパゲティのよう」に錯綜したコードとなっていました。こうした課題を克服するために過去10年程の間に「Copland」や「Rhapsody」といったコードネームが取りざたされてはAppleの経営の混迷の中で崩壊し続け、ついにSteve Jobs(John Sculleyに一度は追い出されたApple創業者)をCEOに据えて21世紀の最初の年に産声をあげることができたのが、この新OS。Steve JobsがAppleに持ち込んだNEXTSTEP / OPENSTEPをベースに開発されたMac OS Xは、インターフェイスこそ従来のMac OSのルック・アンド・フィールをかすかに残しているものの、コアの部分はMach3.0カーネルを採用した純然たるUNIXです。

よそからのウケウリの前置きはさておいて、とにかくMac OS Xインストールのてん末を紹介しましょう。25日に渋谷・道玄坂のJ&PへMac OS Xのパッケージを買いにいくと、1階のMacコーナー奥に白いパッケージがワゴンで売られていました。早速一つを手にとって店員さんに「これ下さい」というと、「動作機種の条件は御存じですね?」とチェックが入りました。Mac OS Xは、128MB以上のメモリを積み1GB以上のディスクの空きがあるiMac以降のマシンでなければ稼動しないことになっており、私のボンダイ・ブルーのiMacはぎりぎり(厳密には私のiMacはRev.Bなのでぎりぎりの一つ後)の機種なのでした。それにしても、私が初めて買ったMac=PowerBook 170のときはメモリ4MB&40MBのハードディスクにOS「漢字Talk6.0.7.1」を載せてMS-Excelまで使えたのに、今やその32倍のメモリと25倍のディスク容量をOSだけで必要とするというのだから恐ろしいことです。

自宅に持ち帰ってパッケージを開けてみると、中には解説類とCD-ROMが3枚。本体のMac OS Xは七つの言語 (英・日・仏・独・伊・スペイン・オランダ) が1枚のCDに収録されており、それにClassic(従来のMac OS)アプリケーションを動作させるためのMac OS 9.1のフルインストールCDと、Mac OS X Developer Tools CDが添付されています。今回必要なのは左の2枚。何はともあれデータのバックアップはとらなければなりません。Performa 5320にiMacから必要最低限のファイルを退避させるのに約30分。

次に、Mac OS 9.1のCD-ROMを使ってまずiMacのファームウェアをアップデートしてから、いったんOSを9.1にバージョンアップ。これは、Mac OS XがClassic環境として9.1を使うことになっているから。バージョンアップ自体はごくごく簡単に終わり、次にMac OS XのCD-ROMを入れてインストーラを起動しました。するとiMacは自動的に再起動して、美しい深みのあるブルーの画面とりんごのマーク、「Mac OS X」のロゴ、「Preparing Installation...」というコメントが続き、インストールステップに入りました。ところがここで予期せぬ出来事、画面に現れたコメントは「このソフトウェアをインストールするとインストール先"Macintosh HD"は完全に消去されます。別のインストール先を選択しますか?」というものでした。なぜ?しかしバックアップをとってあるからいいか、と気楽に考えて「続ける」ボタンを押したのですが……。

インストールが終わってMac OS Xが起動。スタートアップ画面が(しつこいようですが)美しい。ところが、とりあえず最低限必要なClassicソフトをインストールしようとCD-ROMを入れてみたものの、インストーラが起動してくれません。それもそのはずで、上述のように「"Macintosh HD"は完全に消去」されているのですから、最初にバージョンアップしたMac OS 9.1ももちろん消去されており、Classicソフトのインストーラ自体もClassicソフトなので起動するはずがありません。というわけでもう一度やり直し。Mac OS 9.1のCD-ROMから起動してハードディスクを初期化し、Mac 0S 9.1をインストールして、次に再度Mac OS Xをインストールした。

なお、失敗の原因は(たぶん)Mac OS 9.1が入った状態でのハードディスクが「Mac OS 拡張」フォーマットでフォーマットされていなかったから。本当は旧Mac OSとMac OS Xとをパーティションで切られた別ボリュームにインストールすればよいのですが、私のiMacのハードディスクは4GBしかないので、いっしょくたにインストールしたためにフォーマットし直す必要が生じたのでした。

そんなこんなでやっとインストールを終えたMac OS Xには、デフォルトでいくつかのソフトがインストールされています。通常のエディタやイメージビューワ、Classicにもついているスティッキーズ、計算機、さらにはここでも使っている画面をキャプチャするソフトやMas Storage Class対応のデジカメをコントロールするソフトなどがそれですが、何よりMicrosoftがMac OS Xに最適化したIneternet Explorer(5.1PR)をつけてくれているのがうれしい限りです。また、メーラーはMailというシンプルな名前のApple純正がついており、Macでは定番の解凍ソフトであるStuffIt Expanderも入っていました。

Mac OS Xの画面でもっとも特徴的なのは、やはり画面下部に浮いているドックでしょう。上の図のように、主だったアプリケーションやゴミ箱などのアイコンが並べられており、カーソルをもっていくとアイコンがふにゃっと大きく表示されて上にその名称が表示されます。これをクリックすると、アプリが起動し終わるまでの間ドック内でアイコンが上下にバネ仕掛けみたいに揺れているのがユニーク。左から二番目の「システム環境設定」がClassicでの「コントロールパネル」に相当するもので、ここで種々の環境設定を行うのですが、どうやらこれ自体が一つのアプリケーションとしてふるまっているようです。

ところで、私の通信環境はフレッツADSL。NTTがくれるマニュアルには「フレッツ接続ツールはMac OS Xに対応していない」と明記されているので困ったと思っていたのですが、実はなんのことはない、Mac OS Xでは自分でPPPoEを使えるのでフレッツ接続ツールのお世話になる必要がないのでした。「システム環境設定」の「ネットワーク」から「内蔵 Ethernet」を選んで「PPPoE」と「TCP/IP」をしかるべく設定すればOK。あとはブラウザにせよメーラーにせよ、ADSLモデムの存在を意識することなく勝手にISPへアクセスすることができます。

この時点ですぐに手に入れられるMac OS X対応ソフトで私が愛用しているものとしてはJedit(高機能エディタ)、Graphic Converter(レタッチソフト)などがあります。早速IEでそれぞれのサイトからダウンロードしたのですが、圧縮ファイルをダウンロードして解凍プロセスに入ったところで、なぜかClassic版のStuffIt Expanderが呼び出されたようです。

まず「Classic環境を"Macintosh HD"から起動中」と表示されてしばらく時間がかかり、何ごとかと思っていると画面にMac OS 9.1のメニューバーが現れて解凍が始まりました。つまり、下の画面はMac OS 9.1が起動中であることを表わしているのでした。

Mac OS Xは、新OSに対応していないアプリケーションを使用するためにClassic環境という解決策を用意しており、Mac OS Xの上にアプリケーション的にMac OS 9.1が起動して、さらにその上でClassicソフトが動くという凄い(強引な)ことをやっています。Classic環境ではメニューバーなども見なれた従来のMac OSのものですが、下の方にはドックが残っているのでMac OS Xがバックグラウンドで動いていることが一目瞭然です。しかし、この状態でDreamweaverを使ってみると、たとえばファイル転送がうまくいかないなど万全の動作ではありませんでした。もっとも、これは私が使っているDreamweaverのバージョンが「2」と古いせいもあるのかもしれません。どちらにしろ、Macromedia製品はMac OS Xへの対応にはまだしばらく時間がかかるようです。

もちろん、Mac OS 9.1自体からリブートすることも可能です。「システム環境設定」の中の「起動ディスク」を開くと「Mac OS X,10.0」と「Mac OS J1-9.1」の二つのシステムがあり、後者を選んで再起動すれば見なれたClassic OSで立ち上がってくれます。Dreamweaverもちゃんと動いてくれて、このページもそうした状態で書いています。また、Performaに退避させていたデータはこの環境からAppleTalkで元に戻しました。

なお、ここでハードディスクを開いてみると、Mac OS Xがほとんど裸で見えます。例えば「Mach」という名前のファイルがあったり、「System」フォルダの下に「Library」フォルダがあり、その中にはシステムが標準で使うフォントや環境設定モジュールなどがあります。また、Mac OS XはマルチユーザーOSなので「Users」フォルダの下に私が最初に登録したユーザー名のフォルダがあって、その中に専用の初期設定ファイルやデスクトップファイルなどがあります。「bin」「sbin」といったフォルダには不可視属性が設定されていてそのままでは見ることはできませんが、「禁断のユーティリティ」ResEditを使えばこれらも当然見ることができて、root権限をフルに行使できるのも同然。しかし、あえてシステムを不安定にする趣味はないのでここから先には立ち入りません。

さて、Mac OS Xはやはりまだまだチューニングが必要なようで、描画処理など遅さを感じさせる場面があります。Aquaインターフェイスの凝った画面表示(半透明メニューや影付きウインドウなど)は私のボンダイブルーのiMacには荷が重いのですが、Macintoshユーザーが(と言い切って問題があれば「私」が)Macに求めているのは昔も今も「効率」ではなく「わくわく感」であり、Mac OS Xはその期待に十分過ぎるくらいに応えてくれていると感じます。Mac OS Xに対応するアプリケーションが続々リリースされるのを楽しみに待ちながら、当分はMac OS 9.1と上手に使い分けていくことになるでしょう。

最後に、Mac OS Xのシステムダイアグラムを「日経MAC」の人気連載記事「いんさいどまっきんとっしゅ」から引用します(作:シエスタウエア代表・鈴木陽介氏)。「日経MAC」は2000年12月号をもって休刊になってしまい、この記事はその事実上の最終号に掲載されたものですが、Mac OS Xのもつ強力なJava環境への注意喚起と、メモリー保護やプリエンプティブ・マルチタスクがプログラミングにもたらす影響を解説し、最後にMac OS互換APIとしてのCarbonとNEXTSTEP/OPENSTEPからのオブジェクト指向環境であるCocoaへの賛辞で締めくくられています。上記の「わくわく感」がプロにも共有されるものであると期待させられる楽しい記事でした。