巨象

2003/02/23

『巨象も踊る』(ルイス・ガースナー著 / 山岡洋一・高遠裕子訳)は、瀕死の巨象IBMに1993年にRJRナビスコのCEOから移った著者が、いかにしてIBMを立て直したかを描いた本。

あらましは日本経済新聞の「私の履歴書」の著者自身による連載によって読んでいたし、やはりスティーブ・ジョブスやビル・ゲイツのようなエキセントリックな情熱家ではなく合理的な経営者の著述なので、それほど内容に新味があったわけではありませんが、それでも著者がIBMのさまざまな企業文化と正面から対峙し、社内にではなく社外に関心と努力を集中するよう求めていくプロセスは、読み物としての面白みを十分に備えています。

例えば、IBMでの最初の本社経営会議に臨んだとき著者だけがブルーシャツで他のメンバーは全員白シャツだったこと(次の同じ会議では逆に著者だけが白シャツでした)、社有機の中ではアルコールを禁止されていると説明を受けた著者がスチュワーデスにだれに言えば、その規則を変えられるのだろうと質問したエピソード(スチュワーデスの答はたぶん、ご自分で変えることができると思いますが)などは思わずにやりとさせられますが、かつてはIBMをIBMたらしめていた偉大な企業理念の表現である

  1. 完全性の追求
  2. 最善の顧客サービス
  3. 個人の尊重

  1. 意思決定の遅さ
  2. IBMの製品を押しつけること
  3. 不当なまでの権利意識(その最たるあらわれが「同意拒否」制度)

へと変貌していたという説明は、かつて大組織に属していたこともある自分にも身につまされる事柄として受け止められます。

たかだか120名ほどの会社(どことは言いませんが)ですら、その保有資源や組織・仕組をリセットしてゼロベースから組み直すことが至難の技であることは最近の「怒鳴り合い寸前の幹部会」が如実に物語っているというのに、それを20数万人の従業員を抱えた会社で成し遂げた著者の経営のプロとしての力量には、脱帽せざるを得ません。また、「コンピューターを知らないCEO」がIBMの再建をなし得たということは、企業の力として「技術力」と同等以上に「経営力」が重要な役割を果たすということを如実に示しており、当たり前のことが当たり前のように証明された希有な例としてもこのプロセスを学ぶ価値はあると言えるでしょう。

ところで、著者が「OS/2」を切り捨てる決断をしたときには相当な抵抗にあったというくだりには、当時勤めていた会社で開発していたソフトウェアのサーバ側アプリケーションをOS/2ベースで開発したことからプロジェクトが失敗に終わったことを思い出しましたし(OS/2自体は決して悪いOSではなかったのですが)、また著者が社内でしか通じない「IBM語」を使うことをやめるよう呼び掛けたという話には、つい最近も私の勤め先での営業担当者向け会議の中で「IBMの人たちが『あたかも一般用語のように』使う特殊用語」の説明会が行われていたことを思い出して笑ってしまいました。