氷解

2004/10/30

以前紹介したDVD『Rush In Rio』の中に、次のような場面があります。

コンサートも終盤、長く複雑なインスト曲「La Villa Strangiato」のリズムがハーフテンポに変わったところで急に曲調がルーズなものになり、ハイテク集団Rushのお笑い担当とも言われるギタリストのAlex Lifesonがまるで酔っぱらいのようなふにゃふにゃのフレーズを鳴らしながらあらぬことを口走りだしたと思ったら、にやりと笑ってそれでは、私のバックアップバンド(?)を紹介しようとメンバー紹介。まずMilton Banana!と全然違う名前で紹介されたのがドラマーのNeil Peartで、ここでNeilはタムを使ってドンドコストトコとひとしきりリズムパターン。続いてOn the bass guitar, The GU〜Y From Ipanema.と紹介されたベースのGeddy Leeがタッタラ〜ラタッタッタラ〜ラ♪と例の「イパネマの娘(The Girl from Ipanema)」のテーマを弾いてAlexが踊ります。最後にAlexがまたしても訳の分からないメロディを歌いながら自分のことをI’m Stan Getz!と自己紹介してさらにおちゃらけようとしたら、Neilが「いい加減にせんかっ!」という感じでスネアロールのクレッシェンドで割り込み、4カウントで強引に曲に戻るというもの。

それぞれの楽器を使って自在に会話する3人の練達のミュージシャンに舌を巻きつつも、実はここでのやりとりの意味がいまひとつわかっていなかったのですが、その疑問はこのボサノヴァの名盤『GETZ/GILBERTO』を聴くことで氷解しました。

1950年代後半にリオデジャネイロで生まれたボサノヴァの牽引役となったギタリスト・歌手のJoao Gilbertoが、白人テナーサックス奏者のStan Getzと組んで1963年にニューヨークで録音したのがこれ。米グラミー賞で最優秀アルバム賞など3部門を受賞し、「イパネマの娘」のヒットもあってボサノヴァを世界に流行させることになった作品です。そして、AlexがNeilを紹介するときに口にしたMilton Bananaとは、このアルバムでもクールな演奏を聞かせているドラマーのことでした。

結局、Alexはリオのご当地ソングとして「イパネマの娘」を引用し、Geddyをその主人公に、Neilと自分を『GETZ/GILBERTO』の参加ミュージシャンにそれぞれなぞらえて4万人の聴衆に大ウケだったというわけですが、ただ、このアルバム自体はボサノヴァのニュアンスをつかめないジャズ・プレイヤーのStan GetzにJoao Gilbertoがキレながら制作されたという裏話もあり、確かに唐突にブロウするStanのサックスは木に竹を接いだ感がなきにしもあらず。それでも、あまりにも有名なオープニング曲は、Joaoの落ち着いたギターのリズム、作曲者Antonio Carlos Jobimの静かなピアノ、Stanの切ないテナーがいい感じ。そしてJoaoの妻でヘタウマっぽいAstrud Gilbertoの歌が、イパネマ海岸を颯爽と歩く小麦色の美少女の輝く若さと彼女に恋心を抱く若者のほろ苦い想いをシンプルな英語詞で余すところなく伝えて、文句なく素敵です。

Tall and tanned and young and lovely
The girl from Ipanema goes walking
And when she passes he smiles
But she doesn’t see …