滝瀬

今年の夏は、思い立って5年ぶりに北海道の山を目指すことにしました。メインの目的はクワウンナイ川。もちろん、道内在住の古い山仲間カト・スー両氏との再会も楽しみです。1カ月程前からメールのやりとりを重ね、現地での移動や宿泊などプランを詰めて、出発の日を迎えました。

2006/08/09-12

8月9日、本州は台風の影響で荒れ模様の天気でしたがフライトには影響なく、飛行機は無事に羽田を発って旭川へ降り立ちました。ここで、あらかじめ予約してあった「ちどりハイヤー」の出迎えを受けました。旭岳温泉や層雲峡であればロープウェイ駅の売店でガスカートリッジを買えます(天人峡温泉にもあるかもしれません)が、今回は天人峡温泉の手前からクワウンナイ川沿いの道に入るので、あらかじめハイヤーの運転手さんにカートリッジの手配も依頼してありました。ところがこの運転手さん、愛想がいいのはうれしいものの、走りながらやたらとトムラウシ周辺での遭難の話ばかり教えてくれます。やれいつ頃に稜線で雷に打たれただの、何年か前にはS.O.S.の文字が地面に描かれたが結局熊に喰われたみたいだだの、今も70歳くらいの男性が行方不明だだの。おまけにこの運転手さんは入渓点に続く林道の入口を知らず、天人峡温泉に着いてからホテルの人に尋ね回る始末……。なんとか道を知った人に教えてもらえて事なきを得ました。人のいい運転手さんだったので腹は立たなかったのですが、どうなることかと思いました。

林道に入ってすぐのところに掲示があり、入渓は避けてほしいが、どうしても入渓するのなら……というなんだか趣旨のよくわからない注意書きが書いてありました。その先、ポンクワウンナイ川出合で沢に入り、この日はひたすら河原歩きと徒渉の繰り返し。カウン沢出合のテン場には誰もおらず、熊除けに焚き火を焚いて独り寂しくテントに寝ました。翌日はいよいよ滝ノ瀬十三丁の遡行。立派な魚止滝を越えるとナメが始まり、ところどころに小滝やナメ滝を交えながら延々2kmにわたってナメが続きました。

その後も沢は立派な滝をいくつか懸けながら徐々に高度を上げ、穏やかなカール状草地で水が涸れてから、ナキウサギの声に送られながら稜線に詰め上がりました。この日はヒサゴ沼泊で、避難小屋は1階にも2階にも関西系の大学のワンゲルが陣取っていましたが十分に空きスペースがあったので、小屋の中に泊まらせてもらうことにしました。その後も夫婦1組、単独の男性、最後に19時半頃男性2人組が小屋に入ってきましたが、ワンゲルが場所を詰めてくれたおかげで皆ゆったりと寝場所を確保することができました。

3日目はトムラウシ山往復後に沼ノ原まで下る予定でしたが、雨天のためヒサゴ沼避難小屋に停滞。一日中することもなく、食べて、寝て、たまに小屋の周辺を散歩。備付けの「ヒサゴ沼ノート」がとても面白かったのが救い。4日目、午前4時に小屋を出ると雲が下がっていてきれいな雲海の向こうにニペソツのシルエット。さらに化雲岳から五色岳にかけての稜線からは、南にトムラウシ山や遠く十勝岳、北に旭岳を盟主とする表大雪の山々が眺められました(山行の詳細は〔こちら〕)。

登山口での待ち合わせに十分ゆとりを持って間に合い、久しぶりにスー氏と合流。彼は私と同い年ですが、相変わらずなごやかで若々しい雰囲気を漂わせています。ともあれ、まずは快晴の空の下、大雪高原山荘に移動して露天風呂で3日分の汗を流しました。ここは季節営業のようですが、紅葉の時期が特に人気で大変混むのだそうです。

風呂から出て、冷たいお茶を飲みながらスー氏持参のカラフルな大福「田舎もち 雪の里」をいただきました。これは、上品にもちもちとした食感と甘さがおいしかった!しかし、ちょっとのんびりし過ぎたようです。石北峠越えの1時間40分のドライブで、約束にちょっと遅れて丸瀬布(まるせっぷ)のマウレ山荘に到着し、今度はカト夫妻との合流。カト氏とはスー氏同様5年ぶり、カト氏の奥様(以下、親しみをこめて「ヒデミさん」と呼ぶ)とはお二人の結婚披露宴以来だからたぶん16年ぶりで、お会いするのは2度目です。それでも、上品で明るいヒデミさんとはまるで旧知の仲のようにすぐ打ち解けたし、カト氏も雰囲気はまるで変わっていなかった……ものの、後でだんだんわかってきましたが、彼の生来のユーモアのセンスには長年の北海道暮らしで磨きがかかっており、ほとんどオヤジギャグの領域に達しつつありました。

マウレ山荘のレストランで久しぶりにちゃんとした食事をしてから、車で数分の位置にある「山彦の滝」と「鹿鳴の滝」を見物。「山彦の滝」は入山口から200m程山道を歩いたところにあるオーバーハングの滝で、高さは28m。滝の裏側に回り込めて、成田不動尊を祀ってあります。水が落ちるところに亀のような岩が鎮座しているのも不思議。さらに樹林の中の道をエゾゼミの声を聞きながら500m歩くと、苔がきれいで穏やかな「鹿鳴の滝」で、鹿が水を飲みに集まるからこういう名前になったのだそうです。

この辺りの自然は本当に豊かで、車道に下るまでの樹林にはセミの抜け殻、車道を歩くとちょっと元気のないセミやクワガタがうろうろしていたりします。ついでに大型の羽虫が飛んできてしきりにヒデミさんの衣服にまとわりつくのでカト氏は力強くばしばし叩き落としていましたが……もしかして、何か日頃の鬱憤があるんですか?

ついで、これも近くの「丸瀬布いきものふれあいの里」へ移動。ここは沢沿い / 林間にキャンプ場や自然探索路が設けられ、小さいながら本物の蒸気機関車が客車を引いて定期的に場内を巡っていて、北海道とは思えないきつい日差しの中を、それでもたくさんの家族連れが楽しそうに散策したり遊んだりしていました。我々の目当ては併設されている「昆虫生態館」で、この中にはゴライアスだのヘラクレスだのといった巨大甲虫の標本も当然のようにありますが、むしろ虫たちの生きた姿を見せることに力点が置かれていて、とりわけ、エアカーテンで仕切られた天井の高い部屋の中でオオゴマダラの群れが自由にひらひらと飛んでいたのが圧巻でした。ちなみに、エゾゼミとコエゾゼミは声で区別できて、エゾゼミが重く低い声、コエゾゼミは軽く高い声なのだそうです。

17時前に今宵の宿である白滝グランドホテルに到着。夕食前にカト夫妻やスー氏は風呂へ、私はコインランドリーの施設を借りて山シャツなどを洗濯。その後、地ビールである「えんがる太陽の丘ビール」で乾杯して、品数豊富で美味な夕食。さらに部屋に移動してカト氏が用意してくれたワインやチーズをいただきながら、カト氏が帯広に購入した「マイランド」と呼ぶ土地の写真を拝見したり、近年傾倒しているという農業に関する話を聞いたり。カト氏はゴーヤ栽培の北限を極めようとしているらしく(笑)、後日送っていただいた写真の中に、差し渡し数cmのかわいいゴーヤの姿もちゃんと含まれていました。次に北海道を訪れたときには、「マイランド」にもお邪魔しなくてはね。

2006/08/13

夕べ入れなかった風呂に朝方ゆっくり入って、山の幸がとり放題の和食バイキングの朝食。チェックアウトして、K号とS号に分乗して一路平山の登山口を目指します。いかにも平凡な名前の平山ですが、同じ稜線上の比麻良山とともに「ひまらや・ひらやま」と呼ばれて意外に有名で、層雲峡を挟んで表大雪の山々の展望台でもあります。林道を奥深く入ったところにある駐車場に車を停めて、わずかの歩きでトイレや案内図もある登山口となりました。

この山道は、沢筋からちょっと上の斜面を徐々に上がっていくように付けられており、至るところに水が湧き出ていてとても気持ちがいい登り。沢筋に近寄ったところで「冷涼の滝」の冷気にほっとしたり、上の方では雪渓からの流れを渡ったり。緑と水の豊かな、とても柔らかい印象の山です。第二雪渓の雪はなくなっていて、コザクラのピンクやアオノツガザクラの黄色がちらほらと見られましたが、もう半月早ければさらに見事なお花畑になっていたでしょう。あいにく稜線に達したときにはガスがあたりを覆って表大雪方面の展望はなかったのですが、近くのニセイカウッシュペ山の小槍から大槍にかけての稜線が見られました。ちょっと足を傷めたというヒデミさんとカト氏に稜線上の分岐に待っていてもらって、スー氏と2人で左手の平山山頂を往復。その後は、分岐から登山口とは反対側に一段下がった岩場に出没するナキウサギやシマリスの姿を眺めながらしばらくのんびりしました(山行の詳細は〔こちら〕)。

下山の途中でも、岩場にナキウサギがちょろちょろ出入りしているのを見掛けたし、その姿を写真に収めようとでかいレンズが付いたカメラを構えた若者2人組も見掛けました。それにしてもヒデミさん、面白すぎ。けっこう疲れてバテているようなのですが、それがまったくつらそうに見えないし、滑りやすい道の下りに足をとられて尻餅をついても「うふふ」と自分で自分を笑っているのですから。

建設中につき無料で区間開放されている高速道路でぴゅーっと上川まで飛ばして、北の森ガーデンでアイスクリームを食べて、ここでいよいよ札幌在住のカト夫妻とはお別れ。スー氏は旭川に住んでいるので、私を層雲峡まで送ってくれます。

層雲峡に着く頃には雨がぱらついて、そのはずれにある国設層雲峡野営場の入口は鬱蒼と暗く、ここでスー氏と別れるのはとても心細かったのですが、スー氏が餞別代わりにくれた「雪の里」を心の支えに坂道を登ってみると、野営場そのものは明るく開けた過ごしやすそうなところでした。無人の管理棟、水も火も使える調理場、トイレ、その向こうにテントを張れる長方形のスペースが3列。手早くテントを張って一息ついた頃に雨も上がってきたので、明日の下見を兼ねて黒岳へのロープウェイまで歩いてみることにしました。

層雲峡にはいくつものホテルがありますが、それなりに賑わいが感じられるのはロープウェイ駅の下の坂道に並んだ店舗群の辺りだけのようです。そこまで野営場からは歩いて10分。ロープウェイ駅へ行く途中にありがたがいことにコンビニもあって、食材などの補給には困りません。ロープウェイ駅で始発時刻が6時、その後20分間隔で運行されていることを確認してから、同じ建物の中のティーラウンジで「黒岳ピラフ」のセットを食してみました。これは何ぞやというと、舞茸のピラフに細切りの海苔をまぶしてあるもので、確かにおいしいのですが、舞茸がこちらの名物なのか、海苔の黒さが黒岳なのかよくわかりません。玉子スープと甘味・ウーロン茶つき。

2006/08/14

コンビニの開店時刻も午前6時なので、5時過ぎにゆっくり起床。テントを片付けて野営場を後にし、重荷を背負ってロープウェイ駅を目指します。途中コンビニでサンドイッチとお茶を仕入れ、昨日のティーラウンジでゆったりスパゲティなんぞいただいてから、7時20分のロープウェイに乗りました。ロープウェイが高度を上げるにつれて、後方に昨日登った平山やニセイカウシュッペ山がせり上がり、眼下には層雲峡がどんどん下がっていきます。上の駅からちょっと歩いてリフトに乗り継ぎ、明るく気分のいいリフトの旅を15分続けて、いよいよ黒岳への登りにかかりました。朝のうちは青空が広がっていたのですが、歩き始めてしばらくすると黒岳の山頂方面をガスが覆うようになってしまい、展望が閉ざされてしまいました。しかし、1時間も歩いて着いた黒岳山頂からはガスの切れ間にお鉢平方面の縦走路が見えており、時折は白雲岳の姿も見通すことができました。

黒岳石室に立ち寄ってから、平坦で歩きやすい道をてくてく歩きます。道の脇にはチングルマならぬヒゲグルマが目立ち、これは7月にここを歩いていたら素晴らしい花畑だったに違いありません。巨大なカルデラのお鉢平を見下ろす展望台に着いたところで北大ヒグマ研のアンケート調査を受け、ヒグマ対策のノウハウが書かれたチラシをもらってラッキー。そのまま北側に回って、周遊路をちょっと離れたところにある北鎮岳に登頂しました。ここは標高2,244m、旭岳に次いで北海道第二の高峰です。

お鉢平を巡る道に戻ってさらに進み、間宮岳から旭岳方面へ向かいます。当初の予定では裏旭キャンプ指定地にテントを張るつもりだったのですが、まだ13時なので、そのまま旭岳を越えて下山することにしました。砂礫の急坂を登って辿り着いた17年ぶりの旭岳はガスの中でしたが、時折は熊ヶ岳方面の眺めも得られました(山行の詳細はこちら)。

姿見の駅からロープウェイで下り旭岳ビジターセンターに立ち寄ると、カウンターに旭岳温泉周辺の宿の案内図が置いてあって、どの宿で日帰り入浴が可能か、料金はいくらかなど一目瞭然。これをもとに大雪山白樺荘を訪れて、露天風呂でさっぱりしました。

ロープウェイ駅からバスに乗ったのは17時45分で、一日5便しかないバスの、これが最終です。バスはなぜか旭川には直行せず、途中の東川というところで降ろされて、そこで若干の待ち時間があって旭川行きのバスに乗り継ぎました。この待ち時間に、同じバスに乗り合わせた登山者たちと言葉を交わす機会があり、50台前半と思われる単独行氏が「今夜は、旭川駅でステーションビバーク」と言っているのを聞いて、仲間がいることにほっとしました。観光シーズンまっただ中のこの時期、旭川市内で空きのあるホテルはなさそうに思えたからで、実際、後で駅に着いてから何軒か電話してみましたが、いずれも満室でした。

旭川駅到着が19時半頃。駅前をふらふら歩いて適当に夕食を済ませてから、駅の待合室で時間をつぶしました。くだんの単独行氏もベンチに腰掛けてテレビを見たり新聞を読んだりしています。テレビではNHKで日中関係史の特集番組、次いでV2号〜アポロ計画で有名なフォン・ブラウンを主人公とする再現ドラマを見ましたが、午前1時過ぎには駅員さんが「駅舎の外に出てください」とアナウンス。駅の壁の前にシュラフをのべて、ゆったり身体を伸ばして眠りました。

2006/08/15

午前5時、眠い目をこすりながら起床し、単独行氏とともに再び駅の待合室へ移動。空港行きのバスの出発時刻を調べるためにバス停まで行ってから駅に戻ると、駅前の一角に起き抜けの顔で座り込んでいる若者の一団に目が止まりました。ついと近づいて、その中の特徴的なフレームの眼鏡をかけた女の子に「ヒサゴ沼にいませんでしたか?」と声を掛けると、彼女もこちらの顔を見て「あっ!」と気付いてくれました。それは、ヒサゴ沼の避難小屋で1階にいた関西系のワンゲル部員たちで、彼女はそのリーダーでした。話を聞くと、予定通りヒサゴ沼から三川台、そして(たぶん双子池にも泊まってから)美瑛を経て昨日下山したところだそうです。長期縦走、お疲れさまでした。

構内の食堂が開く7時半を待って、朝っぱらからとんかつ定食を食べました。朝一番の空港行きのバスはほぼ満員で、それでもJALのカウンターで尋ねてみると9時55分のフライトに空きがあるとのことだったので、当初予定していた夕方のフライトをこちらに変更。単独行氏はエアドゥなのでフライト変更は難しいかな、と言っていましたが、彼も首尾よく前倒しできたそうです。ここで単独行氏ともお別れ。機中の人となって、窓から北海道の大地に手を振りました。

5年ぶりの北海道は、以前と変わらず大きく、優しく、楽しかった。Kさん&ヒデミさん、そしてSさん、本当にありがとうございました。また遠からず会いましょう。東京へもぜひお越しください。