積読

2007/04/17

書店でたまたま目についた面白そうな本を、買ったはいいもののすぐに手をつけずにいるうちに、いつのまにか書棚の飾りとしてしまっている経験は、多くの人が持っているでしょう。いわゆる「積ん読」(つんどく)というやつです。T.H.V.アンデルの『さまよえる大陸と海の系譜』もそうした一冊ですが、これはちょっと年季が入っています。何しろこの本を買ったのは1991年ですから、今から16年も前。先月読み終えた『眼の誕生』でカンブリア紀以降の生命史に対する知見を得たので、そのつながりとして本書を引っ張りだすことにしたものです。

この本は、主としてプレート・テクトニクスを基軸として、地球の45億年間の歴史に起こった大陸変動・海洋の変化・気候の変化・生命の進化の様相を初学者向けに説こうとするもの。特に、それらがばらばらの事象としてではなく因果関係をもった出来事として説明されている点に感心します。たとえば、大陸の分割と移動によって海洋の形ももちろん変わります。海流循環系に大きな変化が生じ、環赤道海流が寸断されるとともに環南極海流が2500万年前に形成されると、それまで比較的温暖で樹木も繁茂していた南極は氷の世界へと変貌します。こうした地形や気候の変化は生命の進化にも影響を及ぼし、安定期に多様化し環境に順応しきった種は、次の変動期に適応できず絶滅に瀕することを余儀なくされる、といった具合です。もちろん、本書が著されてからの16年間で理論的にも観測的にも新しい知見が蓄積されているでしょうから、本書の「賞味期限」はとっくに過ぎているのかもしれませんが、それにしても興味深い話ばかりです。

過去の話ばかりではなく、現在の事象についての説明もなかなかにそそられるものでした。特に海流の話は自分には新鮮で、たとえば大西洋深海域では南極から非常に冷たく塩分濃度の高い底掃流が海底峡谷を通って400年をかけて北極圏に達しているとか、逆にグリーンランドあたりからは比較的暖かい海水が深さ2000mあたりを南下して南極海に吹き上げ、そこに多くのプランクトンを育んだり、その暖かさがもたらす霧が南極に多量の降雪をもたらしているとか、地中海では周辺の河川から流れ込む淡水よりも海面から蒸発する水分の量の方が多いため、塩分濃度の高い海水がジブラルタル海峡を越えて大西洋の中深度を両大陸の中間まで舌状に伸びているとか。

そもそも、大陸地殻はどこから生まれたのか。本書の中では、地球の草創期に今よりも多量に存在した同位体の崩壊熱が引き起こす巨大なマントル対流のもとで、原始地殻がいわば吹き寄せられたもの等が現在の大陸地殻だと説明されています。つまり、地球上で行われているプレート・テクトニクスの働きはどんどん変化しているのであり、もちろん永久機関の存在も否定されているのですから、地球もいずれは熱機関の働きを止めて冷えきってしまう日が来るのでしょう。そういえば確か、昔読んだSF(タイトルが思い出せません)に、そのように冷えきってしまった未来の地球に町ごとタイムスリップしてしまうというお話があったのを記憶しています。ですがそこまで待たなくても、本書に描かれた地球の大陸・海洋・気象の変貌は、最短でも数千万年単位。かたや、人類の歴史は旧石器時代から数えてもわずか200万年。次の200万年を人類が種として生き延びることができるかどうか非常に不安ですが、仮に人類が滅びることがあったとしても、それは人の営みとは隔絶したタイムスケールをもつ地球自身の変化が原因ではなく、人類自身が招く「何か」に基づくことになるのだろうという気がします。