深海

2008/12/03

人から勧められて手にとった『深海のYrr』(フランク・シェッツィング著 / 北川和代訳)を、大変面白く読み終えました。

ノルウェー海で発見された、メタンハイドレートを掘り続ける無数のゴカイ。カナダ西岸で起こるクジラやオルカの攻撃、猛毒のクラゲや病原菌に満たされたロブスター。そうした数々の異変は、やがて海底の世界に2億年前から棲む、人類とは異なる進化を遂げた生命体が引き起こしたものであることがわかります。海洋を汚染し続ける人類を排除するために、その生命体=Yrr(イール)は北海に大津波を引き起こし、ついにはメキシコ湾流を止めて地球の気候を激変させようとさえします。Yrrの正体を探るために各国から招集された科学者たちは、米国のヘリ空母インディペンデンスに乗ってグリーンランド海でYrrとコンタクトを図り、ついに交信に成功するものの……というお話。

2004年にドイツで発表され、記録的なベストセラーになったというサスペンスタッチのSFで、日本語訳では文庫本で上中下3巻1600ページ。随所に石油開発産業、海洋生物学、遺伝子工学等々の豊富な知見が盛り込まれ、ディテールにこだわるタイプの読者にはたまりませんが、一方で非常にたくさんの登場人物のそれぞれについて丁寧に書き込まれたパーソナルなエピソードは、一部冗長に感じられるところもあるでしょう。それでも、上巻で次々に巻き起こる謎の事件の描写はサスペンスフルだし、下巻の後半、空母がYrrの攻撃を受けて大混乱に陥る場面はジェットコースターのようなスピード感があります。そしてラスト、登場人物のひとりが深海でYrrに接触する場面は、青白い光に包まれた美しいイメージを読者に見せてくれます。

Yrrの正体をこれ以上書くとこれから読もうとする読者の興味を損なうことになるので控えますが、DNAが世代の記憶を伝えていくという設定はクイサッツ・ハデラッハを連想させますし、ある種無機的で不気味な存在感を発揮するその振る舞いはソラリスの海に通じる部分もあります。ちょっと突飛なたとえですが、さまざまな専攻の科学者たちや軍人、CIAを結集させた空母インディペンデンスは日本人には梁山泊を想起させるかもしれません。そうした先人の遺産へのオマージュも織り込みつつ極めてハリウッド的な展開が映画向きで、実際に映画化もされるそうです。