告発

2016/06/02

深町隆・山口義正両氏共著の『内部告発の時代』を読了。本書は、前半がオリンパス不正会計事件をスクープしたジャーナリストである山口氏による「内部告発をめぐる現在」、後半が山口氏に情報提供したオリンパス社員である深町氏(仮名)による「オリンパス事件の真相」となっています。

先日読んだ『シャープ崩壊』は純然たる経営の失敗を取り扱ったものでしたが、オリンパス事件はコンプライアンスもの。近年、東洋ゴム工業や旭化成建材、三菱自動車工業、東芝など企業不祥事は枚挙に暇がありませんが、経営の中枢がここまで自覚的に会計不正を働いたという点では、オリンパス事件は突出していると言えるかもしれません。

念のためオリンパス事件のおさらいをしておくと、同社がバブル期に財テク失敗で積み上げた巨額の損失を表に出すことなく投資による損失に移し替える「飛ばし」を行ったというもので、イギリスの医療機器メーカー買収にまつわる投資ファンドへの優先株買取代金632億円、本業とは関係の薄い国内3社の高額買収716億円(直後に大幅減損処理)などのほか、こうした工作に関与した外部関係者に150億円が手数料等として支払われたというものです。

本書によればこの事件は、取締役会資料に表れた不正の兆候を掘り下げて確信に至った深町氏が、趣味のカメラを通じて知り合っていた山口氏に記事とすることを依頼し、日本の総合情報誌 『月刊FACTA』の2011年8月号で初めて取り上げられたところから公になりました。この記事に対する世間のこれといった反応は当初なかったそうですが、一連の損失処理を終えた前社長の菊川剛氏の抜擢により同年4月にオリンパス社長に就いていたマイケル・ウッドフォード氏がこの記事を読んで疑念を深め、独自にプライスウォーターハウスクーパースに調査を依頼して、一連の取引にコーポレート・ガバナンス上の問題があるとのレポートを受けたことから、ウッドフォード氏による菊川氏らへの引責辞任要求と、これへの逆襲としてのウッドフォード氏電撃解任につながったことで、一気に世間の耳目を集めることとなりました。こうした経緯を見れば、やはり『月刊FACTA』の内部告発記事が大きな山を動かしたと言えるのでしょう。

しかし、実は山口氏も深町氏も、スクープ記事を世に送り出した時点では、企業買収に絡んだ不可解な会計処理が巨額の損失隠しをもくろんだものであったとは認識しておらず、内視鏡を売り込むために医療関係者に渡す裏金作りを目的としているのだろうかいや、それにしては額が大き過ぎるなどと首を傾げていたと言います。山口氏の経験では、内部告発を行ってことが明るみに出た後、予想を超える重大な展開に恐れを覚えた告発者が追及の手を止めることを求める場合も多く、東芝事件についても、証券取引等監視委員会に内部告発を行った者がここまで東芝が激震に揺れることになると認識していたかどうか不明であるとのこと。しかし、いったん公になってしまえば次々に新たな内部告発者が表れて雪崩を打ったように情報が漏洩することは山口氏自身も経験し、また東芝事件を巡る日経ビジネスの内部告発キャンペーンとその結果としての東芝批判記事を見ても明らかです。こうした内部告発ブームの広がりと、美談だけではすまない告発の現場のどろどろとを明らかにしながら、山口氏はそれでも「大義」に根ざす内部告発の意義を認め、通報先の選択や告発状の書き方など「いかに告発するか」を解説して、後段の深町氏によるドキュメントにつなげています。

企業内コンプライアンスの担当である自分としては、いきなり内部告発がされることによって防衛手段を講じるゆとりもないままに危機管理モードに入ることは避けたい事態ですし、だからこそ、不適切事象に対し企業が自浄作用を発揮する機会を得るために内部通報制度を誠実に運用することを日々心掛けているわけですが、オリンパスにおいてそうであったと深町氏が記しているように、内部通報制度が会社に不満を持つ人物をあぶり出す罠として悪用される恐れを疑われては、せっかくのこの制度も機能しないどころか、善意の問題提起者を本人も望まぬかたちでの告発へと企業自らが追い込む結果となるでしょう。

本書は内部通報制度について書かれたものではありませんが、実務目線では、内部通報制度と内部告発(ないしは公益通報)との関係についての考察を一段深める材料となりました。