紙繋

2021/03/19

佐々涼子『紙つなげ!彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場』を読了。

本書は、東日本大震災に遭遇して壊滅的な津波被害を蒙りながらもわずか半年での稼働再開を実現した日本製紙石巻工場のドキュメンタリーです。

冒頭にかなりの紙数を割いて描写される震災の様相は本書のテーマを一瞬忘れさせるほどに具体的かつ凄絶ですが、かろうじて生き残った従業員の誰もが「工場は終わりだ」と絶望する中、社長や工場長は断固たる決断力とリーダーシップをもって操業再開を実現することを宣言します。この辺りは読んでいて胸のすくところですが、従業員たちの生活再建すらままならない中で工場長が「半年」とおよそ不可能に思える期限を区切る言葉を聞いた課長の一人はアホか、おっさん!できるか!と心の中で叫んだそう。しかしこの「半年」は従業員たちのモチベーションや顧客の協力が持続するぎりぎりの期間であり、電気を通して、用水を復旧して、ボイラーを立ち上げて……と工程順に工期を積み上げるのではなく、期限を決めて後ろから各工程の締切を設定するしかない状況に追い込まれていたという実情がありました。それでも各工程を担当する課長は、前工程の課長が遅れてくれればこの無理な目標は御破算なるはずとなかば期待したのですが、火事場の馬鹿力というのはあるもので実際にはオンタイムでたすきが渡り続けてしまい、たすきを引き継いだ課長も自分のところで遅れさせるわけにはいかないと汗をかく、というくだりが面白くもあり感動的でもあります。

ところどころに置かれた写真は、工場を覆い尽くした土砂や瓦礫をほとんど人手だけで取り除いてゆく作業の絶望的なまでの大変さを想像させるのに十分ですし、再稼働させるマシンの選定を巡る本社営業部門との対立、工場から流出して民家に漂着した巨大ロール紙の回収作業の辛さ、石巻工場が支援物資を窃取しているというデマ、略奪すら起きるほどの治安の悪化といった現実をも描写し、美談だけでは終われない懸命の復興作業の進捗を本書は丹念に追って、ついにクライマックスである8号マシンの再稼働につなげます。この8号マシンによる「通紙」再開は読みながら胸が熱くなる場面で、吉村昭『戦艦武蔵』前半のヤマ場である進水式の場面を連想しました。

佐々涼子の本を読むのは『エンジェル・フライト』に続いて2冊目、というより『エンジェル・フライト』を読んだことでレコメンドに『紙つなげ!』が出るようになったのでこちらも読んでみた、という流れです。しかし『エンジェル・フライト』が機微な題材を扱っている関係上十分に書ききれない部分を残した様子であったのに対し、本書ではそうした制約を受けずに存分に素材をまとめ上げた感があり、明らかに前著(2012年)より本書(2014年)の方が叙述が緊密かつスムーズな印象を受けました。

また、ストーリーの合間に差し挟まれる解説を通じて、全長100mを超える巨大マシンを駆使した製造工程で発揮される紙の作り手たちの技術力の高さと誇り、編集者などの本の作り手側の紙に対するこだわり(本の種類によって、あるいは作品の内容に応じて紙の色、光沢、厚み、軽さ、手触り、硬さなどが指定される。水牛の角のような形に、弓なりに美しく開く本がほしいなどという注文も!)も知ることができて、Kindleで本書を購入したことを申し訳なく思いました。さらに、石巻工場のルーツとなる東北振興パルプの設立動機が昭和三陸大津波の被災地を復興させることにあったというまるで輪廻のような歴史にも目を見開きましたが、ただし同社が設立時に着目していたのが「東北地方の豊富なブナ林」だったというくだりだけは、心情的に微妙なものがありました。