単独

2022/07/08

渋谷のシネクイントで、今日から公開された映画『アルピニスト』を見ました。まずもって、これは素晴らしい映画でした。

本作は、トミー・コールドウェルの『ドーン・ウォール』(2018年)を撮ったピーター・モーティマー監督が、今度はカナダの若きクライマー、マーク・アンドレ・ルクレールを主人公にスコーミッシュの岩場やカナディアン・ロッキーやロブソン山、さらにはパタゴニアのトーレ・エガーでの登攀の様子を映像化したもの。のっけからスレッセ・マウンテン(カナダ)でのあり得ない斜度の冬季岩稜登攀の映像に息を呑み、その後は途中に適切なタイミングで山岳登攀の歴史への言及やアレックス・オノルド、ラインホルト・メスナーといった偉人のインタビュー、それに恋人との森のテントでの暮らしなども挟み込みつつ、しかし登攀場面に十分な時間をあてがいながらテンポ良くストーリーが進みます。

マーク・アンドレ・ルクレールは、YouTubeの予告編ではガチガチのソロクライマーのように思えますが、実際の登攀記録を見ると柔軟にパートナーとロープを結んでもいます。映画の中でも彼は「自分自身は制御できるが山は制御できない」という趣旨のことを発言しており、決してリスク軽視のクライミング・ジャンキーではなく、むしろ冷静にルートのリスクを計算した上で自分が設定した安全マージンの範囲内で勝負をしているように思えます。

それでも、やはり主人公の真価はソロクライミングにあるようで、上記の山々での登攀はすべてフリーソロ。「どこに登るか」から「どうやって登るか」に比重が移ってきたアルピニズムの歴史の行き着く先が、単独・無支援での山岳登攀にあるという価値観が通底しているようでしたが、地上50mで氷のハングにアックスを掛けて足ブラとか訳のわからない場面も出てきたりして「それはないだろう」と見ているこちらはつい腰が引けてしまいます。わけても圧巻となるのはトーレ・エガーの単独登攀(2016年)で、最初のトライは2ビバーク後の頂上アタック時に吹雪に見舞われ撤退し、数日おいての2度目のトライは軽量ワンデイでの登頂成功。それまで淡々と登っていた彼が山頂で珍しく雄叫びをあげていたのが印象的でした。

パタゴニアを後にした彼がカナダの森での恋人との暮らしに戻ったところで映画はハッピーに終わるのかなと油断したのですが、撮影を終えて監督らが編集作業を進めていた2018年に主人公がアラスカでの登攀後に行方不明になり、天候が安定した数日後に捜索に飛んだヘリから見えたのはデブリの中のオレンジ色のロープだった(遺体は回収できず)というまさかのどんでん返しがあって愕然。映画は追悼集会での彼の母親のスピーチと監督のナレーションの背景に生前の主人公が輝いていた登攀シーンのいくつかを置き、最後に高みを見上げる彼のアップの写真を大写しにして終わります。

本作は、クライミングをたしなむ者には主人公の一挙手一投足が興味をそそり、そうでない人にも雄大な山岳映像だけで十分見る価値ありです。なるべく大画面の映画館でご覧になることを強くお勧めします。