城崎
今年の国内物見遊山は、前々から一度は行ってみたいと思っていた城崎温泉と何度も通っている京都とのハシゴ。後者は社寺巡りが主眼となるので別稿でレポートするとして、ここで取り上げる城崎温泉ではのんびり外湯巡りに加えてこの季節にふさわしく蟹三昧を目指します。
2022/11/23
新幹線で京都まで出て、山陰本線の特急きのさき7号で城崎温泉駅に到着したのは16時少し前。朝がゆっくり目だったにしても、長い旅だった……。
相方はこれが三度目の城崎温泉ですが、私は初めて。しかしそれでも街の風情に懐かしいものを感じるのは、中学生の頃に読んだ志賀直哉の「城の崎にて」の記憶のおかげかもしれません。
道すがらの蟹の値札に仰天しながらこの日の宿に到着し、まずは内湯に入ってみました。屋内の湯船と露天の桶風呂二つからなる内湯は湯の町の宿のそれにしてはずいぶんこじんまりとしていますが、実は城崎温泉の醍醐味は外湯巡りにあり、このため旅館の内湯の規模は大きくならないよう規制されているのだそうです。
そして早めの夕食はご覧の通りの豪華版。生・焼・茹に蟹味噌豆腐や蟹ちらし寿司、名物セコ蟹、蟹すき、おまけに但馬牛の炙り焼も付いています。いずれもの美味を存分に味わいましたが、これだけ食べれば今後3年間は蟹の姿を見たくな……もとい、見なくてもいいかも。
飽食の蟹三昧を終えてひと息ついた後は、お待ちかねの外湯巡りです。宿で配られたマップを頼りに、今日と明日とで七湯制覇を目指します。
この町では浴衣が正装なので、宿で出される浴衣・丹前・下駄履きの姿で町の中心を流れる大溪川沿いをそぞろ歩き。川面に柳が垂れる景観は風情があり、しかもこの夜は季節のわりに気温が高く寒さを感じませんでした。
まず入ったのは「柳湯」。小さい湯ですが、箱型で水深が深い湯舟の中は熱々の湯で満たされていて刺激的。女湯の方から、外国人の女子たちがあまりの熱さにきゃあきゃあ言っている声がこだましていました。
続いて「御所の湯」。ここは素晴らしかった!大きな露天風呂の向こう側の間近い斜面を駆け下る川が借景になっていて、頭上にはライトアップされた紅葉が鮮やか。今回入った外湯の中では最もゴージャスでした。
この日最後に入ったのは「地蔵湯」です。その名の通り地蔵堂が建物の前にあり、ここで手を合わせてから中に入りました。お地蔵さんを連想させるフォルムの湯船がユニーク。奥の壁沿いには柱状節理の岩がニョロニョロ((c)ムーミン)のようにたくさん立て置かれていました。
2022/11/24
明けて2日目。昨夜は「御所の湯」を訪れた頃に雨のピークがありましたが、この日は雨も上がって散歩に向いた気候です。
この日一番目に訪れたのは「一の湯」。洞窟風呂が秘湯感を醸し出していました。
残念だったのは「まんだら湯」の営業が15時からだったために入れなかったことです。これは後から知ったことですが、後で訪れることになる温泉寺の開祖・道智上人が養老元年(717年)にここを訪れて千日修行に励み、満願の日(720年1月8日)の明け方に地面を掘り下げると「天より華雨降り、地より沸々と温泉が沸いた」という伝説があって、その沸いた湯がこの「まんだら湯」ということですから、ここはいわば城崎温泉発祥の地ということになるようです。
城崎温泉にはもう一つ老舗の外湯があります。今から1400年前のこと、怪我をした1羽のコウノトリが足を浸して治したところに沸いていた湯がこの「鴻の湯」だと言われており、開放的な庭園風呂でくつろぐことができました。
かくして七つの外湯のうち五つを制覇したことに満足して宿を辞した後、京都への移動までまだ時間があるので古刹・温泉寺を訪ねてみることにしました。立派な山門をくぐると薬師堂のある境内から長い石段が中腹の本堂や本坊、多宝塔に続いており、さらに山頂には奥の院がありますが、奥の院まで通じるロープウェイは運休中だったので本堂で足を止めることにしました。
本坊で拝観料を払うと、係の方がまず本坊に安置された十一面千手観音菩薩立像〈重文〉を紹介した後に南北朝時代に建てられたという本堂大悲殿〈重文〉に案内してくださり、天平年間制作の本尊十一面観世音菩薩立像〈重文〉が納められた大きな厨子を前に寺の歴史などを解説してくださいました。この本尊は33年に一度開帳されて3年間見られるそうですが、次のご開帳は2051年だそうなので、ちょっと見られそうにありません。なお、本尊は大和の長谷寺の観音様と同木同作で、こちらが木の先の方を使って彫られたことが「きのさき」の地名の由来だという説明がなされていました。
本堂の拝観を終え、多宝塔を見上げながら紅葉を愛でた後、長い階段を下って温泉寺を辞しました。すると……。
そこには柵に囲まれた「城崎温泉元湯」あり。湧出温度は81度と極めて高く、柵の外に立っていても熱気が感じられるほどです。なるほど、この熱い湯であれば今回入った外湯のいくつかの湯温の高さも納得です。
ちょうどお昼時となったので駅前のレストランに入りましたが、蟹を食べようという気にはさすがになれないので但馬牛をメインとする膳を注文しました。蟹と違って牛なら毎日でも食べられるな(健康にいいかどうかは別として)。
最後に残っていた外湯は城崎温泉駅に隣接している「さとの湯」ですが、こちらも営業開始は13時から。12時半にここを発つ特急きのさき16号に乗ることにしていたため、無料で誰でも使うことができるぬるい足湯でお茶を濁すことになりました。
かくして城崎温泉の旅は、蟹三昧は満点、但馬牛も及第点、七湯巡りは5勝2敗という成績で終わりました。朝方の「まんだらの湯」のことも含め、七つの外湯を漏れなく回るためにはそれぞれの営業日と営業時間をあらかじめ把握してしっかりプランニングしなければならないというのが今回の旅で得た教訓です。この教訓を生かすために、いつかまた城崎温泉に足を運ばなくては。