塾長の備忘録

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私=juqchoの日常の雑感を不定期に綴る、個人的な備忘録。

孤独

2022/12/08

映画『人生クライマー 山野井泰史と垂直の世界 完全版』をヒューマントラストシネマ渋谷で見ました。

この映画は、1996年のマカルー西壁挑戦(落石に遭い7,300mで敗退)をTBSのスタッフとして撮影していた武石浩明監督が、その後25年を経て再び山野井泰史氏の近況を取材し、その他のエピソードも交えてクライマー・山野井泰史氏の人間像を描く一本の作品に仕立てたもの。もともとテレビ用に昨年まとめられた45分間のバージョンがあり、これに対して二度の編集を加えて今回109分の「完全版」としての公開です。

山野井泰史氏の登攀歴にはマカルー以前にもさまざまな先鋭的ソロクライミングの成果があり、1996年の敗退の後には1998年のマナスル北西壁での雪崩敗退や2000年のK2南南東リブ単独初登、2002年のギャチュンカン北壁登攀とその帰路でのサバイバルといったそれぞれに単独の物語となりそうな成功と失敗の積み重ねがあるのですが、映画は残されている画像やインタビューを巧みにつなぎ、そこに現在の伊豆でのオーガニックな生活ぶりとこの1〜2年取り組んできたクライミング風景とを織り込んで、時制を何度も行き来させながらストーリーを紡いでいきます。

山野井泰史氏の著作『垂直の記憶』では、レディーズ・フィンガー南壁(パキスタンのビッグウォールクライミング)での輝かしい成功を綴る明るい章の次にマカルー西壁とマナスル北西壁の失敗が描かれるのですが、シンプルな記述ながらそこに深い悔恨が感じられて心に残っていたので、今回の映画を通じて山野井泰史氏が当時マカルー西壁にどれだけの思い入れをもって臨み、そしてどれほどの挫折感を抱いてヒマラヤを離れたかがわかって、やっとパズルのピースがはまったような感覚を持つことができました。自分にとってのこの映画の一番の価値は、そこにあったように思います。

それにしても因果なことは、やはり山野井泰史氏の周りでクライマーたちが次々に亡くなっていくことです。プログラムの中には「映画に登場する亡くなった人たち」というパートがあって、そこには山野井泰史氏の近況を描く映像の中で一緒に伊豆の未踏岩壁を登っていた篠原達郎氏を含む6人もの名前が掲載されています。これは、ギャチュンカンでの山野井夫妻の受傷以上に暗い、この映画の闇の部分かもしれません。

山野井泰史氏は2011年のパキスタン、タフルタム峰単独登攀失敗を最後に高峰での単独登攀を封印することになりますが、なぜ?という問いかけに対し本人は「孤独に耐えることができなくなった」という趣旨の説明をしていました。実際には高所順応能力の低下という身体的な問題もあったようですが、このくだりを見たときには、やはり「ソロ」というのは山野井氏にとっても「孤独」と同義語なのか……と妙に納得してしまいました。

そうしたところも含めて、全編を通して山野井泰史氏とその妻でありクライミングパートナーである妙子さんの飾らない人柄が通底しているのがこの映画を温かみのあるものにしており、雪崩に襲われたり指を失ったり仲間が死んだりと凄惨なエピソードが繰り返されるにも関わらず、見終わった後に明るい気持ちで映画館を出ることができました。