塾長の備忘録

塾長の備忘録

私=juqchoの日常の雑感を不定期に綴る、個人的な備忘録。

海人

2023/07/19

この日は金春流能楽師・中村昌弘師の企画による「流儀横断講座『海人』(『海士』)」。7月23日に上演される「第7回 中村昌弘の会」で中村師がシテを勤める「海人」を題材とする講座で、講師陣は例によって金春流・中村師 / 観世流・武田宗典師 / 宝生流・高橋憲正師 / 金剛流・宇髙竜成師 / 喜多流・大島輝久師の五人です。この講座は7月6日にリアル開催がされていたのですが、私は都合により後日のアーカイブ配信を選択しました。

曲名の表記は五流のうち観世流だけが「海士」で、武田師によればこれはシテが意志の強さを出す演じ方をしてもよいからとされているそうですが、私は観世流の「海士」と金剛流の「海人」とを見比べる国立能楽堂の企画をじっくり拝見したことがあります。

以下、いつものようにいくつかのテーマを設定して五流の比較が行われました。

  • 初めてシテを勤めた年齢
    • 今回、中村師は44歳で勤められますが、これは金春流の中では遅い方。武田師・高橋師・宇髙師は30代で勤めており、大島師も公開能では45歳だったものの稽古能で30代のときに経験されています。ただし大島師によれば、子方が出る曲はシテが父親としての年齢になってからやるものだそう。
    • 中村師からの「体力的にしんどいですか?」という質問に、一般的には玉ノ段の後の謡がしんどいといわれているものの、武田師も高橋師も大島師もしんどくなかったと答えたのに対し、宇髙師だけは「目の前が暗くなった」と酸欠状態になったことを明かしていました。
  • 子方の出立
    • 各流おおむね金風折烏帽子に長絹ですが、観世流の写真に写っていたのは黒い風折烏帽子に狩衣指貫で、これには大島師が「子方が指貫というのは違和感がある」と強く反応。ただし武田師からは「花筐」、宇髙師からは「住吉詣」でそれぞれ子方が指貫を着用する(ただし頭はそれぞれ金風 / 垂髪すべらかし)ということが紹介されました。また金剛流の写真では段模様の長絹が珍しいと注目を浴びました。
    • ちなみに金風折烏帽子はかぶると頭に当たって痛いのだそうで、そのためクッションを入れているものもあるそう。
    • また子方にまつわる話として、大島師の娘さんは出番直前になって緊張すると泣く癖があるので、そのときに気分を変えさせるためにチョコレートを用意しておいたところ、いざというときにそのチョコレートを息子さんの方が楽屋で食べてしまっていたというエピソードが披露されました。
  • 小書(表記は講座の中で示されたところによる)
    • 〔春〕《二段返シノ出》《懐中ノ舞》《クツロギ》。しかし中村師は《懐中ノ舞》しか見たことがないそうで、これは経巻を胸に入れて舞い、舞の寸法も変わるというもの。
    • 〔観〕《懐中之舞》《窕クツロギ》《赤頭三段之舞》《解脱之伝》《此筆之出》《二段返応答》の六つ。
      • 《窕》は舞の途中で橋掛リに行ってしばし佇むもの。
      • 《赤頭三段之舞》は後シテが赤頭に橋姫(身投げして鬼になった女の面)を用いて龍であることを強調。
      • 《解脱之伝》は逆に増を使って龍ではないことを示し舞を舞わない。
      • 《此筆之出》は見たことがない。
      • 《二段返応答》は後の出のときに半幕にして中で謡い始めるものではないか(違っていたらすみません)。
    • 〔宝〕《懐中ノ舞》《出羽二段返》。後者は〔観〕と同様だが、前者は黒頭に橋姫を用い、玉之段のときに床几に掛けて舞う(お年寄りにもしんどくない)。
    • 〔剛〕《変成男子》《二段返》《床几之型》《替装束》《経留》《窕》《八講》《懐中之舞》。
      • 《変成男子》は後場の龍女が男の龍になる。
      • 《二段返》は半幕で床几に掛かって謡い始めるが、出端の囃子の各楽器が一斉ではなく四拍ずつずれて始まる。
      • 《床几之型》は見たことがないが、床几に座り続けるのかもしれない。
      • 《八講》は最後の謡が終わったところからさらに舞が始まり、プラスアルファの謡(藤原北家を讃える内容)が何行かある。
    • 〔喜〕《経懐中》《七段の舞》《二段返し》。このうち《七段の舞》は、通常五段に舞われる舞が七段になるが、何か特別な工夫があるかと思えば何もなくただただ七段舞うだけ。流儀の人たちも舞ってはみたものの「よくわからないな……」となってしまうことが多く、囃子方からも不評である。
  • 前シテの出立
    • 〔春〕曲見、水衣、腰巻。
    • 〔観〕深井、水衣、腰巻。この写真は龍宮に飛び込む場面で武田師が見事に宙に浮いていたために、高橋師からは「観世流はすぐ跳ぶよねー」、大島師からは「中年女性が跳ぶというのは……」とツッコミを受けていました。一方《懐中之舞》の場合は唐織肩脱ぎとなりその写真も投影されたところ、青白の段文様の着付が皆から絶賛されました。
    • 〔宝〕深井、水衣、腰巻。
    • 〔剛〕曲見、水衣、腰巻。
    • 〔喜〕水衣、腰巻姿ですが、通常の浅葱色に変えて海藻のイメージを投影してあえて緑の水衣を着用した舞台の写真が披露されました。腰巻も紺地、松に藤の文様が入った珍しいものが用いられており、これは「お母さん」に若くあってほしいという気持ちから選んだのだそう。
    • さらに小道具として海松布が紹介され、観世会では今でも本物の杉葉を束ねて作っているが、他の舞台では近年造花も利用されるようになっていることが紹介されました。
  • 玉ノ段(玉之段)の謡
    • 詞章を分け合って謡い継ぎが行われ、それまでの和気藹々とした雰囲気から一転してピンと張り詰めた空気になりました。
    • 中村師はクライマックスの「乳の下をかき切り珠を押し籠め云々」というところを謡いましたが、中村師のこれまでのイメージとは趣を異にする力のこもった謡に引き込まれました。
    • また同じ部分の「かねてたくみし事なれば」から「龍宮の習に死人を忌めば」まで〔観剛喜〕は節がまっすぐ(抑揚がつかない)のに対し〔春〕では「龍宮の習に」が上がり、〔宝〕では(より高い)甲グリで謡われる……ということでその部分を各流が謡って聞かせてくれました。
  • 玉ノ段(玉之段)の型
    • まず龍宮へ飛び入る場面がそれぞれに実演されましたが、〔観剛〕は跳躍→着地して沈み込むのに対し〔春宝喜〕は抜き足(〔観〕も《懐中之舞》のときは抜き足)。それよりも宇髙師が中啓を一瞬手放して空中でつかみ直す所作を見せて他の演者が驚愕していました。
    • 次に乳の下を掻き切り玉を押し込める場面が演じられましたが、これはバラエティに富んでいました。
      • 〔春〕右手で横一文字に掻き切りその左手の位置を維持したまま左手で玉を押し込め、一回転して安座してから剣(扇)を捨てる。
      • 〔剛〕切った後に右肩を落とした立ち姿から扇を右前に落とし、その傾いた姿勢のままよろけるように回って安座。
      • 〔喜〕切る際に(演者から見て)左上から右下に切り下げてからさらに右へ横に切り、その後に右肩を落とすことなく扇を落として回って安座。
      • 〔観〕扇を開いて切り、その扇を返してひらりと落とし、回って右膝をつく。剣なのに扇を開いている点がユニークで、他の演者から丸ノコのようだ的なツッコミを受けていました。また《懐中之舞》のときは鎌を持ったままで、鎌で胸を切るので他者から「痛そうだ」と(前シテが)同情されていました。
      • 〔宝〕喜多流と似るが動線が異なり、大きく移動しながら所作を連ねる。
  • 後シテの出立
    • 〔春〕龍戴、舞衣、大口。鱗模様の腰帯を用い、手には経巻。
    • 〔観〕同様。面は泥眼。
    • 〔宝〕赤い舞衣の下に赤い半切を着用し、全身真っ赤な姿の写真を投影。読み終えた経巻は裏返しに畳んで子方に渡す(この点は〔喜〕も同じ)。
    • 〔剛〕緑の舞衣に緋大口、泥眼。そして《変成男子》ではがらりと変わり、悪尉面に狩衣姿、鹿背杖と経巻を持ち、頭上の龍は超巨大。この重厚(重さという点でも)な姿で黄鐘調で五段舞う後シテは「母」とは完全に別の存在になっており、そこには寂しさも漂うのだと宇髙師は説明しました。
    • 〔喜〕白の舞衣に紫の大口の写真を投影。一般的には紫の舞衣に緋大口であろうとのこと。龍戴に載っているのは角がない雌龍だが、雌龍の有無は流儀や家によって異なる模様。
  • 追加
    • ここで言う「追加」とは、番組の最後に謡う短い追善の謡のこと。中村師の次の公演が「高橋万紗先生追善」と銘打っていることに由来するものだと思いますが、〔春観宝剛喜〕の順に「海人」「卒都婆小町」「江口」「融」「東岸居士」の一節が謡われました。

最後に「海人」について一言と問われて武田師・高橋師・宇髙師は異口同音にもう一度演じてみたい曲であるという感想を述べたのに対し、大島師はこれから勤めようとしている中村師に対して、最初のワキと子方の段が長い上にイッセイの謡も長いが、いい舞台というのはここが引き締まっているものだからそこを頑張るようにという実践的な助言がなされて、講座は終わりました。

それにしても、この講座を聞くたびに毎度思うのは本職の能楽師の審美眼や感受性の豊かさです。お互いに他流の装束や型を見聞きして自流との違いに驚く、というのはこの講座のお約束のような楽しい場面なのですが、たとえば前シテの肩脱ぎにした唐織の下に現れた青白段の着付を見て「海が映っているよう」だという感想が示されたり、子方が後シテから受け取った経巻を後見に渡さずに開いて読み続ける演出があると聞いて「その読経によって成仏するのか」と瞬時に演出意図を読み解いたり。そうした視点の持ち方に接することができるのも、この講座の価値あるところだと思います。

なお、自分が「海人」(「海士」)を初めて観たのは2009年、シテは観世流・角寛次朗師で、母が子を思って身を捨てる覚悟の痛切さと、霊となっての再会と別れとに感情移入させられたことをよく覚えています。宇髙師も国立能楽堂で豊嶋彌左衛門師の玉之段をモニターで見ていたとき、水衣の袖がふわっと広がって本当に海の中にいるように見え、さらに必死になって宝珠をとりに行く様子が伝わってきてモニター越しなのに泣いてしまったと語っていましたが、来る公演の舞台上で中村師がそうした深い母の思いをどのように示してみせるのか、期待をもって注目したいものです。