槍岳

2023/09/06

言うまでもなく槍ヶ岳は、北アルプスのみならず日本を代表する名峰の一つです。私がその山頂に初めて立ったのは1988年のことで、雨の中の山頂で先に登頂していた登山者から缶ビールをおごってもらったことを懐かしく思い出します。以後、3度の北鎌尾根を含めて合計6回その山頂に足跡を残しているのですが、2012年の最後の北鎌尾根の後は、その特徴的な尖峰を遠く眺めることはあっても、登頂はもとより間近に見上げることすら絶えてありませんでした。

しかしつい先日、5年前のトライ失敗からの宿題になっていた「穂高の池巡り」山行をようやく完遂し、その池巡りのラストを飾る天狗池から久しぶりに間近に槍ヶ岳を見上げて、つくづくいい山だなぁと感銘を受けました。

ところが、下山してみると何やら身近のSNS界隈が騒がしい。私にとってSNS上の身近というのは登山関係者とほぼ同義なのですが、その震源地は槍ヶ岳山荘グループの公式サイトに掲載された以下の記事だったようです。

▲「警告:天狗沢~ジャンダルム遭難事故連続発生中」(2023年9月6日閲覧)

その内容をかいつまんで紹介すると、

  • 天狗沢からジャンダルムにかけての山域で、8月中旬から下旬にかけ3件の滑落死亡事故と1件の道迷い(ヘリ救出)事案が発生した。
  • 特に最後の道迷いは、なぜこんなところで迷うのか理解に苦しむひどいものだった。
  • ついては、自分に十分な力量があるかどうか判断できない人は上記山域に入るのを止めておくように、という掲示を行った。

というものです。

これだけではなぜ「騒がし」くなるのかわからないと思うので、ぜひ上記リンクから原文を見てみてほしいのですが、たとえば次のような表現には私自身も驚きを通り越して残念な気持ちになりました。

なにをどう間違って、どういう思考回路でこんなところへ行ったのか、ワケがわかりません。地図は持ってない?まあ、持ってても地図を読むなんてことができないのでしょう

「ワケがわかりません」ですましたのでは、この記事は読者に何の気づきも与えていません。遭難者がどういう経験値を持ち、当日どういう行動と心理の中で救助要請に追い込まれることになったかを明らかにする気がないのであれば、これはただの誹謗中傷です。それも、相手に弁明や反論の手段を与えない一方的な。

警察はまだ登山靴を履いて、ヘルメットを被っていただけ、今年の遭難者の中ではマシな方と言ってたけど、どう考えても天狗沢~ジャンダルムに挑戦する資格の無い輩だろう

「どう考えても」で片付けず、どう考えて無資格だと断じたのか、何をしたら(しなかったら)「輩」呼ばわりを甘受しなければならないのか、その基準を示してもらいたいものです。私の感覚では、登山というのは(与えられた条件にもよりますが)大なり小なりルートミスのリスクを抱えるものであり、危険地帯に踏み込む資格の有無は事前回避能力と同じだけ、またはそれ以上に事後脱出能力にかかっていると考えます。遭難者にそうした準備の一切が欠けていたのであればブログの主張も理解できなくはありませんが、この点への言及は見られません。

他にも、キャンプ届を書くのに地図を見ながら一所懸命書いていたから地形が頭に入っていないのだろうとか、残置されていたテントが安モノだとか、目を覆いたくなるような言いがかりが連なっていますが、それでも大前提として「山では事故る方が悪い」(不可抗力でなければ)とは私も思いますし、残置されたテントを回収して郵送してほしいという遭難者の要望はさすがにいかがなものかとも思います。したがって、これがもし山小屋スタッフの個人アカウントによるブログやSNSに掲載されていたのなら、表現の良し悪しには目をつぶって(個人の品性というのはその人の生い立ちに由来するものですから仕方ありません)その中に有益な情報を探すか、あるいは単にスルーしたかもしれません。

しかし私が見過ごせなかったのは、上述の通りこのブログ記事が槍ヶ岳山荘グループの公式サイト(トップページ > スタッフブログ > 岳沢小屋のスタッフブログ)に掲載されており、したがってこれら一連の遭難者に対する罵詈雑言が槍ヶ岳山荘グループの公式見解にほかならないという点です。

槍ヶ岳山荘と言えば、大正時代に開かれた「槍ヶ岳肩の小屋」を起点として100年近く続いている由緒ある山小屋ですから、一般企業で言えば社是にあたる山小屋運営上の使命観を代々受け継いできているものと思いますし、そこには開祖・穂苅三寿雄氏以来脈々と続く輝かしいDNAがあるのだろうと推察します。その槍ヶ岳山荘グループが、公式サイトにおいて遭難者を公然かつ一方的にこき下ろし、あまつさえ登山者のことを「輩」呼ばわりするとは、一体どうしたことなのでしょうか。泉下の穂苅三寿雄氏はこれをよしとされているのでしょうか?それともこれもまた、歴史ある槍ヶ岳山荘グループに伝わるDNAの一部なのでしょうか。

つくづくいい山だなぁと感銘を受けた槍ヶ岳の名を冠する山小屋グループのこの発信には、つくづく残念でなりませんでした。