和食

2024/01/13

国立科学博物館(上野)で「特別展 和食 ~日本の自然、人々の知恵~」を見てきました。その開催趣旨を公式サイトから引用すると次の通りです。

「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されて10年 。世界中でますます注目の高まる和食を、バラエティ豊かな標本や資料とともに、科学や歴史などの多角的な視点から紹介します。日本列島の自然が育んだ多様な食材や、人々の知恵や工夫が生み出した技術、歴史的変遷、そして未来まで、身近なようで意外と知らない和食の魅力に迫ります。

この展覧会はもともと2020年に開催される予定だったところ、COVID-19の影響を受けていったん開催中止になり、あらためて昨秋から今冬にかけて東京で開催された後に各地に巡回することとされたものだそうです。

上野での展覧会というと東京国立博物館や国立西洋美術館、東京都美術館などに行くことが多いのですが、和食(というより日本酒)好きの自分としてはこの展覧会も見逃すわけにはいかないと考えて、期待に胸をふくらませながら足を運びました。

ところが、地味な企画かと思いきやたいへんな人気で芋の子を洗うような混み具合だったために、展示品をじっくり見ることは早々に諦めて特に興味を引いた展示をつまみ食いのようにして見て回ることになってしまいました。そのような制約下での観覧でしたが、以下、この展覧会の章立てに沿って自分的にポイントとなったところを駆け足で紹介します。

1章 「和食」とは?
三大栄養素=糖質・たんぱく質・脂質を獲得する食材は土地固有の条件によって異なり、それぞれの土地(「文化」と読み替えてもいいかもしれません)での食材の組合せを「食のパッケージ」と呼んで、和食は「米と魚」を中心とする食であることをまず押さえて、次章以降のイントロとしています。
2章 列島が育む食材
南北に長い日本が世界でも有数の生物多様性をもっていることを踏まえて様々な食材(キノコや山菜、イネ、野菜、海藻[1]、魚介類)との付合いや発酵技術(酒・醤油・味噌)、だし(うま味)の中から和食の特性を見出す章ですが、ここでとりわけ面白かったのは水の問題でした。周知のように日本は総じて軟水が多く、それは急峻な地形と多雨により水がCaやMgを供給する土壌・岩石の上に滞留する時間が短いことに由来するのですが、日本の中でも地域差があり、石灰岩質の土壌を持つ沖縄、地下水の利用が多い熊本、関東ローム層を持つ南関東は硬度が高めであること、また京都盆地の地下にある第四紀の浅海性堆積層が伏見の酒の仕込み水の硬度上昇に寄与している[2]といった解説には興味を引かれました。さらにキノコのさまざまな標本を示しているのも楽しく、ここで毒キノコの見分け方を学習できれば次のシーズンの沢登りの役に立つかも?と思いましたが、残念ながらざっと流し見ただけではとても覚えられそうにありませんでした。
3章 和食の成り立ち
古代律令国家における神饌料理を和食の基礎とするものの、当初は素材に各自が好みの調味料(醤酒酢塩)で味付けするというシンプルなものだったそうですが、鎌倉時代の禅宗が食材に調味を加える精進料理をもたらしたことが料理革命となり、室町時代の本膳料理で和食の原型が完成。カツオや昆布を用いただしの使用もこのときからだそうです。後に茶の湯と結びついて発展した懐石料理において旬の味覚を大切にし、場のしつらえにも配慮を尽くす和食文化が生まれて江戸時代の和食隆盛へと続いたものの、明治以後は西洋料理が移入されて和食にも変化がもたらされた……といった具合に近世まで目配りした和食通史が語られる中で、人気を集めたのは各時代の代表的な膳を再現した展示でした。
特に「卑弥呼の食卓」や「織田信長の饗応膳」の豪華さは特筆もの。
しかし江戸時代の行楽弁当も決して負けてはいません。さらに「漫画『サザエさん』に見る昭和の食生活」のコーナーも人気で、昭和21年から48年までの連載の中に折々に描かれた磯野家の食事情の描写は微笑ましくもノスタルジーを感じさせるものでした。
4章 和食の真善美 / 5章 わたしの和食 / 6章 和食のこれから
この3章は駆け足で素通りしましたが、公式ガイドブックの構成とも合致していないので本展の主要部分は第3章までと考えても良さそうです。それでも、第5章では一見和食っぽくなくても日本でレシピができたり日本にしかない12の料理(すき焼き、カレーライス、ラーメン等々)が「和食」だと思うかというアンケートを行ったり、第6章では逆に日本の寿司が世界に広がるさまを見せたりといった楽しい展示もあって、最後まで飽きさせませんでした。

冒頭に記したように会場内は驚くほどの混み具合で、これはわざわざ週末に足を運んだ自分の失敗だったと反省したのですが、最後のショップで買い求めた公式ガイドブックが読みやすく、しかもしっかりした内容になっている様子なので、これからこのガイドブックを読み込むことを楽しみにしようと思っています。

脚注(出典:公式ガイドブック)

  1. ^海藻を食用とする国は多くなく、東アジア、南米、ハワイなどで数種が食べられているにすぎないが、日本人の多くは海藻を消化して栄養にできる腸内細菌を持っており、古来30種もの海藻が食用とされてきた。
  2. ^灘の「宮水」は伏見の「伏水」よりさらに硬度が高い。そして灘も伏見も硬度が比較的高いのは約300万年前のフィリピン海プレートの方向転換(北→西北西)に伴い海域が現在の京都盆地まで及んだことに伴う浅海性堆積層のカルシウムに由来している。硬水に含まれるミネラル分は糖分をアルコールに分解する酵母の働きを活発にするため、仕込み水の硬度が高い日本酒は辛口、低いと甘口になり、軟水では発酵よりも腐敗が進みやすくなるため、明治時代に低温で長時間発酵させる醸造法が広島で編み出されるまで、軟水での日本酒造りは難しいものだった。