助長
2024/09/22
1ヶ月前の投稿で、次のことを書きました。
YAMAPでは、槍ヶ岳の北鎌尾根上に「北鎌独標」「北鎌尾根」という私設標識を設置したという記録を読みました。しかもその標識は、風雨に強いとされる琉球松で作られ金属製のワイヤーで岩に固定されていました。しかしその場所は中部山岳国立公園の特別保護地区内であり、標識を設置する行為は「広告物その他これに類する物を設置」する行為に該当します。本件については、長野県の関係部署に違法性の有無についての確認をとった上で、YAMAP事務局に通報を行いました。設置者の方は純粋に善意で行っていることだと思うので、その方を非難する意図はないのですが、YAMAP上にそうした記録が残り続けることでこれが「美談」となり、第二・第三の私設標識が設置されないとも限らないからです。そしてそもそもの価値観として、私はこうした人工物が勝手に山に残されることに違和感を覚えています。
これから書くのは、その顛末と評価です。
きっかけとなった投稿はこのペアのもの(投稿日・タイトル・ユーザー名は伏せてあります)で、本文と写真を見れば、この方々が冒頭に引用したように私設標識を設置したことは一目瞭然です。この記録をたまたま知って最初に抱いた感想は人工物を積極的に山に残す行為への忌避感[1]ですが、同時に(これもたまたまですが)今年の8月に甲斐駒ヶ岳を登った際に焚火跡を見たことをきっかけに自然公園法を学習していたので、この行為が自然公園法に違反しているのではないかという懸念も持ちました。
この行為が自然公園法違反であると言いうるためには、以下の3点の条件(構成要件)を満たす必要があります。
- 私設標識を設置した場所が自然公園法に基づく規制を受けている場所であること。
- 私設標識を設置する行為が自然公園法に基づく規制の対象となる行為に該当すること。
- 私設標識の設置についてあらかじめ許可を得ていないこと。
そこで、ネット上に問合せ窓口を開示していた長野県北アルプス地域振興局に本件についての問合せを行ったところ、担当の方は環境省にも確認をとった上で、こちらが驚くほど迅速に次の結論を示してくださいました。
- 当該場所は自然公園法20条1項(特別地域)及び21条1項(特別保護地区)の指定された国立公園である。
- 当該行為は自然公園法20条3項7号及び21条3項1号の制限を受ける行為(広告物の掲出)である。
- 当該行為は環境省及び県に申請がない行為である。
標識の設置は「工作物の設置」ではなく「広告物の掲出」に当たるのか!という新たな気づきを得つつ、いずれにしても自然公園法違反の違法行為だというのが結論です。そしてこの違反に対しては同法の罰則によって「一年以下の懲役又は百万円以下の罰金」が課されることになっています。
ちなみに上の図は中部山岳国立公園の指定区域概要図(抜粋)で、茶色の領域が国立公園の特別保護地区です。北鎌尾根の扱いは若干微妙に見えますが、上述の長野県の方が示してくださった県の総合地理情報システムに基づく地形図(等高線入り)によると、独標のてっぺんから槍ヶ岳山頂までの稜線上はすべて特別保護地区に含まれていました。そして、YAMAPは(ヤマレコもそうですが)記事に掲載した写真を撮った位置を地形図上に表示する機能を持っているので、問題の標識が設置された場所を特定することが容易にできてしまいます。考えようによっては恐ろしいことですね。
ここまで確認をした上で、今度はYAMAPのレギュレーションの確認に入りました。YAMAP利用者はその利用規約に従うことが求められており、その第11条にはさまざまな禁止行為が列記されています。
この通り「法令に違反する行為」が禁止されていますが、法令に違反する行為はその法令自体によって禁止されるのでYAMAPがわざわざ重ねて禁止するのはおかしな話ですし、YAMAPのサービスを利用すること自体で法令違反が生じるともちょっと考えにくいので、ここで言われているのは法令違反行為を行った記録をYAMAP上に公開することだと解釈しました(典型的には、噴火のおそれがあるために災害対策基本法に基づいて立入禁止とされている火山の火口に近づいた山行の記録が想定されます)。
次に、YAMAPの利用規約に定める禁止行為を発見した場合の対処として、YAMAPには報告ルートが設定されています。
この報告ルートを通じて通報を行った、というのが冒頭に引用文で示したYAMAP事務局に通報を行いました
の部分です。その際には、上記のように違法行為であることを確認済みであること、通報の趣旨は同種行為の再発への懸念であることを記したのですが、通報から1ヶ月を経過した本日、上記の2記事を閲覧してみたところ、予想通りなんの変化もなく記事は健在でした[2]。
もっとも、正直に言えばYAMAP事務局がこの通報に対応してくれてこれらの記事(少なくともそのうち私設標識に関する写真と文章)が非公開になるとは期待していませんでした。
その理由のひとつは、上記のようなエクスキューズがあらかじめ用意されているからですが、もう一つは、YAMAPがユーザーの投稿の自由(「表現の自由」と言い換えてもいいかもしれません)を極力尊重し、投稿削除や非公開化には謙抑的な姿勢で臨むだろうと予想していたからです。そして、この姿勢自体は私も理解できないわけではありません。
そんなわけで、ここで通報に対するYAMAPの不作為を批判するつもりはないのですが、ただし、これらの記事がYAMAP上に公開し続けられることで当該行為に対する反省が生まれず、第二・第三の違法行為を惹起するのではないかという懸念は引き続き表明しておきたいと思います。いわばYAMAPが違法行為を助長している状態が継続していると見ることができるわけで、こうしたプラットフォームとしての責任についてYAMAPはどう考えているのか、見解を聞いてみたい気がします。
なお、本来はユーザー同士の対話の中から正しい理解が育まれることの方が健全だろうというのが私の意見で、当該記事に対するコメント欄で問題指摘を行い、これに対する真摯な意見交換の末に、記事の投稿者とコメント者、そしてコメント欄を見る他のユーザーの間にしかるべきコンセンサスが生まれたという記録が残ることにより、今後の同種行為に対する抑止効果が発揮されれば、それに越したことはありません。実は私も、このお二人のうち片方の記録のコメント欄に次のコメントを記していました。
〔前略〕
さて、XXXXXXさんのところで少しコメントさせていただきましたが、北鎌尾根上に設置された2点の私設標識は、やはりよろしくありません。設置された場所は自然公園法で保護されている場所で、そこに写真のような標識を設置することは同法違反(罰則あり)に該当します。このことは長野県北アルプス地域振興局にも確認しており、その見解は以下の通りです。
「環境省にも確認したところ、環境省及び県に申請がない行為でした。 そして、長野県としての見解は、当該場所は自然公園法20条1項(特別地域)及び21条1項(特別保護地区)の指定された国立公園であり、行為は自然公園法20条3項7号及び21条3項1号の制限を受ける行為(広告物の掲出)です。」
今から回収しにいくというわけにもいかないと思いますが、以後こうした行為は避けていただければと思います。また、もし私が北鎌尾根を歩く機会があれば、回収させていただきたいと思いますのでどうぞご了承下さい。
しかし、このコメントはあっという間に削除され、さらにお二人からブロックされてしまいました。ブロックされてしまうとその記事にアクセスできず、したがってその記事が規約違反であると通報することもできません。このことはある程度予測できたので不本意ながら通報を先行したのですが、案の定といったところです。謂れのない誹謗中傷に対処するためのブロックは必要な機能ですが、このように、はなから意見交換を拒絶する姿勢は残念としか言いようがありません。設置してしまったものは仕方ないが……というニュアンスを穏やかにこめたつもりではあったのですが。でも気持ちはわかります。私も逆の立場だったらびっくりして後先考えずにブロックしてしまうかもしれません。
脚注
- ^この夏に失われ、ただちに復元された「ジャンダルムの天使」に対しても同様の印象を持っている。しかし、こちらの稜線上は曲がりなりにも登山道であって鎖なども整備されているのに対して、北鎌尾根はそうした整備の手をほぼ入れていないバリエーションルートであり、そのワイルドなままの姿にこそ価値がある点が決定的に異なる。そこにことさらに人跡を残す行為は、北鎌尾根に対する冒涜だと言っていいのではないか。
- ^ブロックされているのになぜ記事が健在であることを確認できるのか?これらの記事は「公開」設定になっているので、ブロックされていても当方がいったんYAMAPからログアウトしてから記事のURLにアクセスすれば閲覧できてしまう。もちろん、ログアウトしている状態ではコメントを残すことはできない。