自慢
2024/12/14
自分の趣味の(というより、もはや生活の)中核をなす登山の記録は、私のサイト(juqcho.jp)のサブサイトである「塾長の山行記録」(climb.juqcho.jp)において公開し、その更新情報をXとThreadsで告知していますが、ヤマレコやYAMAPでつながっている山仲間も少なくないため、これらの記録共有サイトでも山行の概要を公開し、そこに当サイトへのリンクを記述するという運用を行っています。
ただしヤマレコとYAMAPとでは機能の違いがあり、登山者同士の情報共有プラットフォームとして必要不可欠である記録検索機能に関しては圧倒的にヤマレコの方が優れている(というよりYAMAPの検索機能は使い物にならない)ので、自分の記録の内容もヤマレコの方は手厚く、YAMAPの方はそれなりに記述してきたのですが、そんな浅い付き合いにとどまっていたYAMAPが、今年登録した「活動日記」(山行記録のこと)の内容をChatGPTに読ませて1年間を振り返るレポートを作ってくれました。題して「活動日記でふりかえる山歩 2024」ですが、読んでみるとその内容がなかなか面白かったのでここで紹介します。
◎YAMAP上のレポートを直接見ていただけるようにリンクを張る方がやり方としてはスマートなのですが、あいにくこのレポートはYAMAPユーザーでなければ見られませんし、それがいつまで残されているかもわからないので、以下スクリーンショットでの紹介です。
いや、ちょっと待て。いきなり【登山界のスター】とはなんぞや?ここに上がっている各種データ=総活動時間・登頂数・移動距離・獲得標高を上回るYAMAPユーザーはそれこそ掃いて捨てるほどいるはずなので、この登山愛好者たちにとっても感動的なニュース
などというあからさまなヨイショには苦笑するしかありません。ちなみに、ときどき癒し系山行でご一緒している山友・トモミさんは【登山界の新星】でしたが、YAMAP上でのこの1年間の登頂数は彼女の方が上ですし、YAMAP歴も彼女の方が私より古参。レポート生成に際して相対評価ということをしないのかな?また、コメントの最後に唐突に出てくる英単語「perseverance」(「がんばり」くらいの意味)がやはりAIっぽさを醸し出していますが、これはかえって読む者を安心させてくれます。
続いて「DOMO」(「いいね!」のようなもの)をくれた人数による活動日記のランキングです。
フォロワー数が多いユーザーであればDOMOの数は軽く4桁(もしかすると5桁以上)に達するはずなので、ここに上がったリストは地表すれすれでのどんぐりの背比べ程度でしかありませんが、それにしても甲斐駒ヶ岳の周回記録が筆頭に上がったのは我が意を得た感じがします。もっとも終電を逃して云々
には注目してくれなくてもいいのに……。
次は「移動距離ランキング」です。
アマ・ダブラムの記録が1位になっているのは、なにせ日数をかけているのですから当たり前。リストアップされた三つの記録の中では、むしろワンデイで歩き通した桃洞沢の方をロング遡行という意味で評価したいものです。
そして最後は「獲得標高ランキング」です。
これも当然アマ・ダブラムが首位になりますが、この山行はすでに「移動距離ランキング」で取り上げられているので、次点繰り上げで丹沢ミツマタ巡りが当選しました。この山行はここ10年間の中で折々に取り組んできた丹沢長尺シリーズのバリエーションとして個人的に思い入れがあるため、こうして取り上げられて悪い気はしません。ただしミツマタの魅力を伝えるためにレポートを作成した姿勢も素晴らしい
と書かれると、ほかに褒めるポイントが見つからなかったのか?と勘繰ったりもしますが。
ともあれ、この「活動日記でふりかえる山歩 2024」は確かに面白い企画で、SNS的な参加者同士の交流に重きがあるYAMAPのカラーがよく出ていると思いました。そのカラーは、次の一文にも端的に表現されています。そしてもちろん、この一文はAIが生成したものではないはずです。
なるほど、やはりYAMAPは山行記録をみんなに自慢
する場だということを、YAMAPも自任しているわけか。してみると、この一文に続く次のステートメントも「地球とつながるよろこび」ではなく「他者とつながるよろこび」とした方がより正確なのでは?
これはこれでニーズのあることだと思いますし、自分の記録公開にそうした要素がないのかと問われればないとは言い切れないのですが、それにしても自慢
とはずいぶんストレートな言い方だなという気がします。そもそも自分が1997年にサイトを立ち上げて山行記録を公開し始めた動機は、登山初心者だった自分が当時(インターネット利用者層が急速に拡大した1990年代後半)積極的に山行記録を公開し始めていた先人たちのサイトをたびたび参照させてもらい、その有益さを実感して自分も他者に役立つ情報を提供したいと考えたためだったので、この自慢
という表現には本能的にいかがわしいものを感じてしまいました。